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■□■ 「おはようございま~す!」  某駅前にある、古びた小さなビルの3階。  『トクラサービスカンパニー』と看板のある事務所に、明るい溌剌とした若い男の声が響き渡る。とはいえ、そこは小さなビルの狭い事務所。たいした大声じゃなくても十分『響き渡る』のだが。 「お、来たな。祐太」  ボサボサな頭に、無精髭のいかつい体格と顔立ちの40代の男──この『トクラサービスカンパニー』の社長である徳倉要一(とくらよういち)である──が、祐太と呼んだ青年を手招きした。  190cm近くもあるがっしりした体躯を窮屈そうにしながら、青年は机の間を縫って、徳倉の席まで近づく。その青年の名前は、徳倉祐太(とくらゆうた)。今年21歳になり、徳倉とは叔父と甥の関係である。『トクラサービスカンパニー』に入社してまだ6ヶ月の見習い社員だ。  祐太は、高校を卒業するにはしたのだが、進学も就職もせず、フリーターとは名ばかりのニート直前の生活を送っていた。そんな息子に危機感を募らせた祐太の両親は弟の徳倉に泣きついて、なんとかしてほしいと頼み込んだ。仕方なく、徳倉は自分の会社に祐太を雇い入れたのだ。 「今日の業務はなんすか? 社長」  飄々とした態度で、祐太は徳倉に尋ねた。 『トクラサービスカンパニー』は、いわゆる便利屋だ。  犬猫の捜索から、夜逃げの手伝い、浮気調査から多重債務の整理等々、業務内容は多岐にわたる。  徳倉は引き出しから書類の入ったクリアファイルを取り出して、中身を見ながら祐太に言った。 「引っ越しだ」 「引っ越しっすか?」 「祐太、たしか運転免許持ってたよな?」 「持ってますけど……」 「運転は?」 「まあ、そこそこ」 「AT限定じゃないよな? 軽トラ、動かしたことは?」 「AT限定じゃないけど。軽トラは、運転……したことないかなぁ」  次々と出てくる徳倉の質問に答えながら、祐太はなんだか嫌な予感がした。 「あのう、もしかして……社長?」 「ワゴン車出すから、お前1人で行ってこい」 「ええっ!?」  徳倉の命令に、祐太はあからさまに不満気な表情をしてみせる。 「1人で引越作業なんて、ムリっすよ。今日、山田さんは?」  焦った祐太は辺りをキョロキョロと見回すが、徳倉以外の人間はいない。その徳倉は、めんどくさそうな表情で甥っ子をにらみつける。 「うるせーよ。ウチの見習い期間は3ヶ月。試用期間も含めて、6ヶ月も時間をくれてやっただろ。そろそろ単独でやりたいだろうと思って、用意してやった仕事だ。ありがたく思え」  文句を言う祐太に、徳倉は容赦なく言い放つ。祐太は憂鬱そうにため息を吐いた。  荷物の運搬。そのうえ、車の運転。移転先でもまた運搬。それをたった1人でやるなんて、けっこう面倒で疲れそうな仕事だ。 「お前、力仕事得意じゃねーか」 「まあ、そうだけど……」  祐太が口ごもるのを見て、何やら思い当たった徳倉は、ニヤリと口端を歪めた。 「なんだ? 初めて1人で仕事するんで、不安か?」 「な……っ、そんなんじゃねーよっ!」  徳倉の揶揄に、ムキになって祐太は言い返した。  図星といわんばかりの反応に、徳倉はがっしりとした肩を震わせて、可笑しそうに笑っている。完全にからかわれたと感じた祐太は、ムッとして意地の悪い叔父を睨み返した。 「社長!?」 「ハイハイ。文句は一切無しな。これ、依頼者の住所と地図。んで、こっちは引越先の住所と周辺地図。依頼者は男性で、荷物の運搬も一緒にやってくれるらしいから。……ああ、そうだ。それから、引越先まで車に同乗させてほしいそうだ」  男性と聞いて、祐太は内心助かったと思った。運搬作業が少しでも楽になるなら、それに越したことはない。  ――だけど、どうせ同乗させるなら、やっぱり女の子の方がよかったよなあ。  祐太の密かな願望は、書類を渡す徳倉にはバレバレだった。 「残念だったな。若い女の子じゃなくて」  次々と自分の心の内を言い当てる叔父に、祐太はまたもやムッとする。 「るせーよっ! わかりました、行ってきます。ワゴン車は、下に置いてあるヤツでいいんすか?」 「いや。月極に停めているのを使ってくれ。それと、これは依頼者のデータと、請求書に領収書。釣り銭が中に入ってるから、ネコババすんなよ」  そう言って、徳倉は少しくたびれた革製の大きめなセカンドバッグを祐太に手渡した。 「んなこと、誰がするかよ。今日の俺の仕事は、これだけ?」 「ああ。引越先まで距離がかなりあるしいからな。直帰でいいぞ」 「よっしゃ! ぜってー、早めに終わらせてやる!」  ウキウキしながら書類とセカンドバッグを持って事務所を出ようとする祐太を見ながら、徳倉はやれやれといわんばかりに肩をすくめて見送っていた。  月極駐車場に停めている会社のワゴン車に乗り込むと、祐太は書類を取り出して依頼者の確認がてら、そのデータを頭にたたき込む。  依頼者の名前は、薗部睦月(そのべむつき)。年齢は25歳で、職業はフリーのイラストレーターとあった。 「えっと、住所がこれで……ここからなら15分もあれば着くな。それで、引っ越し先は──って、はぁ!? ちょっと待てよ!」  書類に記載してあった引っ越し先は、依頼者の現住所から車で2時間はかかる場所だった。  今の時間は、午前10時より少し前。  荷物の量などにもよるが、下手したら引っ越し先から会社に戻れるのは、日が暮れてからだ。いや、途中で道路が渋滞したりすれば、深夜になってしまう。 「やべーな……急がないと」  祐太は素早く備え付けのカーナビに住所を入力したあと書類をしまい、慌てて身体を起こしてワゴン車のエンジンをかけた。

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