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 ──40分後。  さすがに、若い男二人で運び出したおかげか、予想以上に早い時間ですべての荷物をワゴン車に積むことができた。 「なんとか、お昼前に出られそうですね」  最後のダンボール箱を肩に担ぎ上げて、祐太が睦月に声をかけた。  だが、彼は「そうだね」と、気のない返事をよこしてくる。  変に気になって振り返ると、荷物がなくなって若干広くなったリビングダイニングで、睦月がぼんやりと突っ立っていた。心ここにあらずといった様子だ。  なんとなくだが、これは少し訳ありの引っ越しなのだろうかと、祐太は考えていた。  訳あり引っ越しは、便利屋にとって珍しいことではない。  借金苦による夜逃げや、ストーカーや同棲相手、はてまた配偶者から逃げ出すためなどの理由で、専門の引越業者ではなく便利屋などに依頼する人が少なからずいるのだ。  祐太も、仕事で1回だけそういった引っ越しを経験したことがある。  訳ありな引っ越しの場合、社長の徳倉は必ず事前に担当者全員にその旨の説明をする。しかし、今回の仕事に関して、そういったことは一切告げられていない。  だが、どうしてもこの状況や、睦月の様子が、祐太の勘みたいなものに訳ありだと警告してくるのだ。  はぁ、と軽く息を吐くと、睦月がくるっとこちらへ振り返った。その瞳に、どこか寂しさのような影を残して。 「出ようか……」 「はい」  促され、祐太は睦月と共にアパートの玄関を出る。ドアに鍵をかけると、睦月はその鍵を新聞受けの中に放り込んだ。祐太は、それを何も言わずに見つめていた。  いや、言わなかったのではなく、何も言えないし聞けないのだ。  コンプライアンスや個人情報保護でうるさい世の中だ。トクラサービスカンパニーも小さい会社ではあるが、依頼者のプライバシーには、お客様から言わない限りこちらから絶対に触れないという絶対厳守の規則がある。  アパートの階段を下りて、駐車場に停めてあるワゴン車に二人して向かう。最後の荷物を荷台に積んで、祐太が睦月に助手席に乗るように促した時だった。 「睦月」  深く低い声が、睦月を呼び止めた。 ■□■ 「睦月」  名前を呼ばれて、睦月は胸の辺りがきゅうっと苦しくなるのを感じた。  その苦しさが、未練からくるものなのか、嫌悪からくるものなのか、睦月自身にはもうわからない。  だが、この男はまだ自分の胸をこんなにも苦しくさせる存在なのだと、睦月は哀しく自覚した。  車に乗り込まず立ち止まった睦月を、若い便利屋が振り返った。 「あの……」 「……ゴメン。ちょっと、待っててくれないかな?」  声をかけてきた青年に睦月がそう言うと、彼は黙って頷いてワゴン車の運転席に乗り込んだ。それを見届けて、睦月はゆっくりと自分の名前を呼んだ男に向き直った。  中学からの親友。6年も一緒に暮らした男。とても愛して──憎んだ存在。 「(つばさ)……」  睦月が名前を口にすると、翼はふっと目を細めて微笑んだ。 「仕事に行ったんじゃなかったのか?」  睦月の問いかけに、翼は穏やかな口調で答えた。 「朝の打ち合わせだけすませて、半休を取ったんだ。間に合ってよかった……」  翼の言葉に、睦月は彼から視線を外して俯いた。  間に合わなくてもよかったのに。恨みがましい言葉を、つい胸の裡でつぶやいてしまう。  できることなら、顔を見ずに出ていきたかった。何も残さず、それこそ消えるようにして彼の元から去りたかった。 だから、わざと出て行く日を彼に教えなかったのだ。

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