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08
まるで、小さな子供のように泣き声をあげながら号泣する睦月を、思わず抱きしめたくなった。その華奢な肩を自分の胸に引き寄せて、ぎゅっとしてやりたい。
突然こみ上げてきた衝動に、祐太は激しく動揺した。
明らかな雄 の本能からくるそれは、実際に睦月を抱きしめて背中をさすりながら、頬に流れる涙を己の唇で受け止めようとする行動に走らせようとした。だが、祐太は拳を強く握りしめ、狭い車内で懸命にこらえた。
いったい、自分はどうしてしまったんだろうと、祐太は考え込む。
男を相手に抱きしめたいだなんて考えて、しかもそれを実行しそうになった自分が信じられなかった。
祐太の性的指向は、女性が相手だったはずだ。
もちろん、男同士でもそんなことはあると話には聞いていたが、今までまったく興味はなかった。それなのに、目の前の睦月から目が離せない。抱きしめたいという気持ちを抑えきれない。あわよくば──キスしたいとすら思ってしまうのだ。
残った理性を総動員して、祐太ができたことといえば、泣きじゃくる彼の隣でただ黙って座っていることだけだった。
静かに食事をする睦月を、祐太は横目でそっと窺う。
おにぎりを少しずつ口にはするが、その咀嚼の仕方はどことなく機械的だった。おいしそうとかまずそうなどの表情はいっさいなく、ただ口を動かしているだけに見えた。視線もぼんやりとして定まっておらず、心ここにあらずという風情だ。まるで、涙と一緒に魂まで流れ落ちたのではとすら思わせるものがある。
そんな睦月の様子を見て、あることに思い至った。
あの時、アパートを出る前の睦月とあの男の二人が醸し出していた独特の雰囲気。そして、睦月の涙。
それは、さながら恋人同士の別れのシーンそのもののようだった。
男同士だったから、最初に見たときはそこまで考えなかった。祐太にとって、それは想像の範疇外だったからだ。
だが、今は違う。自分は、隣に座るこの儚げな風情の男に、邪ともいえる感情がある。
まさか、あの男は──。
「ごちそうさま」
そう言って、睦月がおにぎりの包みを丸めだしたのに気づいて、祐太の思考は中断された。
「もう、食べないんですか?」
「うん。なんか、泣きすぎて疲れたのかな? 食欲なくて……」
睦月は微笑んでみせるが、どこか痛々しい。
「そうですか」
「えっと……徳倉くん、だっけ? ごめんね、時間取らせちゃって」
「いえ、いいんす。気にしないでください。どのみち、昼メシ食う時間はもらうつもりでしたから」
睦月を意識しすぎるあまり、少し素っ気なく言葉を返してしまい、祐太は舌打ちしたくなった。さっき中断された思考が、再び祐太の胸の裡を掠める。
確かめたい。でも、確かめることができない。
余計なことを口走らないように、何か別の話題はないかと祐太は頭をめぐらせて、叔父である社長から預かったセカンドバッグに目が留まる。そこで、朝に目を通した睦月の簡単な履歴を思い出した。
「あの……。薗部さんの下の名前って、睦月さんていうんですよね?」
「そうだよ。暦の1月の、あの睦月」
「じゃあ、1月生まれなんすか?」
「うん。7日生まれ」
「うっそ」
睦月の答えに、祐太が驚きの声をあげる。
「なに?」
「俺、1月5日生まれなんです」
「え、マジで?」
今度は睦月が驚いて、大きな目を丸くする。
「マジっす。でも、名前は『祐太』っていって、由来も何もないんすけど」
祐太の朗らかな口調に、睦月もいつしか構えることなく、クスクスと自然に笑っていた。祐太も一緒になって笑っている。
……いい子なんだな。
睦月はそんな祐太を見ながら、感心していた。
祐太の口調は明るいが、軽々しい印象は受けない。睦月に対して、十分に気を遣っているのがわかる。しかも、それが自然でさりげなく、けっして押しつけがましくない。
今も、あれだけ泣いたせいで食欲のない自分の気持ちを、どうにか浮上させようとしてくれている。だから、無理をすることなく、睦月は普通に彼と会話を交わすことができた。
「徳倉くんってさ──あ、ごめん。『くん』付けで」
「ああ、いいっすよ。俺、薗部さんよりたぶん年下だし」
「いくつ?」
「21です」
「若いなぁ」
「薗部さんだって、若いじゃないっすか」
祐太の言葉に、睦月は苦笑いしながら否定する。
「若くはないよ。もう25だ」
「大して変わらないっすよ」
「そんなことないよ。昔は、仕事でいくら徹夜しても平気だったのに、最近は体に堪えるようになっちゃったし」
「そんなもんすか?」
食べ終えた弁当を片付けながら、祐太が聞いてきた。
「そんなもんだよ」
「それって、ただ体力が落ちてるだけじゃないんすかね?」
「だって、キミはまだ、徹夜とかぜんぜん平気でしょ?」
「ああ……。ま、朝まで飲んで、そのまま仕事に行くっての、けっこうありますけど」
祐太が頷いていると、睦月はでしょう? と、さらに言った。
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