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「僕は、もうダメだね。次の日に絶対影響出るし」 「……やっぱ、体力が落ちただけでしょ、それ」  祐太は、なおも言い募る。 「ムキになるなぁ。いいよ、気を遣わなくても。四捨五入すれば、30だしね」  ついでに言えば、長年付き合った男にはフラれるし、こうして出ていく羽目にはなるし──と、睦月は内心で自嘲して呟く。 「そういうのって、四捨五入するもんじゃないです」  睦月の心境を窘めるかのように、ぴしゃりと祐太が言った。 「年齢に“もう”とか、ないんじゃないっすかね。あ、べつに気を遣ってるとか、そういうんじゃないんで」 「徳倉くん……」 「若けりゃいいってもんじゃないっしょ。男は特にそうだけど、若いと逆に信用できないつって、仕事でナメられたりすること多いっすよ。俺なんか、早く薗部さんくらいの歳になりたいって思うし。関係ないっすよ、そんなの」  そこまで言うと、祐太は車のキーを回して、エンジンをかけた。睦月は何も言えずに口を噤む。  祐太は単に年齢のことを指摘しただけだが、男にフラれて自棄にやりそうな自分を咎められた気がして、睦月はなんだか申し訳ない気持ちになっていた。 「……すみません」 「え?」  突然の謝罪に、睦月はきょとんとする。  なぜ、謝ってくるんだろう。自虐的な言葉を吐いて、気分を悪くさせたのは自分の方なのに。  祐太は、ばつの悪そうな憮然とした表情で、こちらを向いている。 「生意気なことを言って、ホントにすいませんでした。でも、薗部さんって、自分で言うほど年取っているわけじゃないし、気にする必要ないって思ったから……」  時折、唇を噛みしめながら、一生懸命に言葉を紡ごうとする姿に、睦月は心が暖かくなるのと同時に、このところ胸の奥に抱えていた気鬱さが晴れていくのを感じていた。 「謝らなくてもいいよ。たしかに君の言うように、自分を卑下するような言い方をしたのは僕だし、謝るなら僕の方かも」 「いや、でも……。お客様に出過ぎたことを言ったのは、俺だし」  僕が悪い。いや、俺が……と、互いに言い合うのがなんだか可笑しくなり、どちらからともなく噴き出して笑っていた。  思い出したかのように車を発車させる祐太に、また笑みを誘われながら、今日の引っ越しに彼が来てくれてよかったとまで、思うようになっていた。  ゆっくりと路地を縫うようにして走りながら、車は大通りへと出た。 「道路、そんなに混んでないみたいっすね」 「そうみたいだね」 「この流れだと、あと1時間ちょいで着きそうですよ」  そう言って、祐太は助手席の睦月に向かってニカッと笑った。爽やかなその笑顔が、睦月にはすごく眩しく感じる。  そのときふいに、突然沸き上がった思いに、睦月は少し戸惑った。  彼に、話を聞いてほしい。  引っ越しをしなければならない理由を、バカみたいに大泣きしてしまった理由を、すべて。  どうしてそう考えてしまったのか、睦月自身もわからなかった。  もしかしたら、辛い想いをあの涙で吐き出しきれなかったのかもしれない。それを独り抱え込むのに、疲れてしまっているのかもしれない。  もしかしたら、優しくしてくれた彼にもっと甘えたくなって、そんな気になったのだろう。  自分の気持ちを軽くしてくれた彼に、聞いてもらいたいと。  しばらく俊巡していたが、睦月はまっすぐ前方に目を向けたまま、意を決して声をかけた。 「……徳倉くん」 ■□■ 「徳倉くん」  どこか凛としたあらたまった声に呼びかけられて、祐太はちらっと睦月を横目で見る。だが、呼びかけた本人は、何かを言おうとして開いた唇をすぐに閉じてしまった。こちらに顔を向けるということもなく、前を見据えている。 「なんですか?」  できるだけ急かさないように気をつけながら、祐太は返事をした。だが、睦月からは何の反応もない。  二人の間に沈黙が降りるが、互いに何かを探り合うような少し張り詰めた空気が漂う。その緊張感に、先にギブアップしたのは祐太の方だった。 「あの……」 「うん」 「もしかして、トイレですか?」 「は?」 「すみません、気が利かなくて。メシ食ったら、行きたくなりますよね」  思ってもみなかった気遣いに、睦月は目を丸くしたあと、派手に噴き出して大笑いし始めた。わけがわからない祐太は、困ったように眉を下げてハンドルを握っている。 「薗部さん?」 「ははは……ごめん、ごめん。トイレだったら、大丈夫だから。ありがとう」  そう言いながらも、睦月はまだ笑い続けている。笑われて照れくさいのと、なんとなく居心地が悪くなり、祐太はポリポリとこめかみを指で掻いた。  体を折り曲げながら、心底可笑しそうに笑う睦月。それを見て、祐太はどこかほっとしていた。  睦月には悪いが、先ほどの泣いていた姿を綺麗だなと思いながら、祐太は盗み見ていた。だが、あんなに悲しそうな泣き顔よりも、笑った姿の方が数倍いい。自分の言葉にウケてそんな風に笑ってくれるのならば、笑われるのも祐太にとって苦にはならなかった。

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