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「そんなに、おかしいこと言いました? 俺」
「ふふふ……。そんなんじゃないんだけどさ」
否定しながらも、睦月はまだ笑い続けている。祐太の発言自体は、たしかに変でもおかしくもなかった。ただ、タイミングが悪かったというか、絶妙というか、つまりはそういうことだ。祐太はけっして、悪くない。
「悪かったよ、笑ったりして。ごめんね」
「……って、笑顔で言われてもねぇ~」
そんな祐太のセリフに、気分を害するどころかますます睦月は激しく笑いだした。それにつられて、祐太も笑い出してしまう。そうなると止まらなくなり、車内はいつまでも笑い声があがっていた。
「……あー、おかしい。こんなにばか笑いしたのなんて、すごいひさしぶりだよ」
笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、睦月は言った。
「薗部さんがいつまでも笑ってるからっすよ」
口元にまだ笑みの形を残しながら、祐太が咎める。
「えぇ? そうかなぁ」
「そうですよ」
祐太が請け合うと、睦月は悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「徳倉くんがボケるからじゃないの?」
「俺、ボケたつもりないんですけど」
「おや。意外に天然?」
「ちょっ……、ヒドいっすよ。そんなの~」
拗ねたように唇をとがらせる祐太を見て、睦月はまた派手に笑いだした。こうなると、何をしても言っても可笑しいらしい。クスクスと、最初は控えめに笑っていたのが、いつの間にかゲラゲラと声を出して大口を開けて笑っている。
「──あのさ」
ひとしきり笑ったあと、睦月はあらたまった口調で話しかけてきた。
「なんすか?」
「さっき、呼びかけたのは……その、話そうと思ったんだ。大泣きした理由っていうのを、さ」
「え?」
ちょうどその時、目の前の信号が赤に変わった。一時停止すると、祐太は睦月の方を目を丸くしながら振り向く。睦月の笑顔には、苦いものが混じっていた。
「だって、徳倉くんには迷惑かけちゃったし。いきなり客である僕にあんな風に泣かれて、わけわかんなくて困ったでしょ? それに……」
そこで睦月は言葉を切って、一瞬だけ俯いた。だが、すぐに顔を上げてにっこりと華やかな笑顔を向けた。祐太の目はそれに釘付けになる。
「なんていうか、聞いてもらいたかったんだ……キミに」
その一言に、祐太の心臓の鼓動がドクン、と熱く脈打った。鼓動はそのまま外に聞こえてしまうのではないかというくらいに、煩くリズムを刻み始める。
「アパートを出る時にさ、見送りに来たヤツいただろ?」
「……はい」
「アイツね、あのアパートの部屋の……同居人だったヤツ」
「あ、そうだったんですか」
「うん。まあ、ぶっちゃけ別れた彼氏だったんだけどさ」
早口で睦月がそう言うと、ハンドルを握っていた祐太の腕の筋肉が、ピクリと反応した。
さぞかしびっくりしているだろうと思い、睦月は運転席をちらりと横目で窺うが、運転手は意外にも冷静な表情で前を向いている。
「──そうですか」
そう呟く祐太の声は、さっきの相槌よりも低くて堅い。それを聞いた途端、睦月は言ってしまったことを早くも後悔しはじめていた。
いきなり客からこんな打ち明け話を聞かされて、気分がいいものではないだろう。しかも、内容が内容だ。めちゃくちゃ引いたにちがいない。
せっかく、会話が楽しくはずんでいたのに台無しにしてしまったと、睦月は自分を責めた。
「ごめん……。やっぱり、気色悪いよね。男と付き合ってたなんて聞いたら」
「そんなことないです!」
睦月の謝罪を、即座に祐太は否定した。
気色悪いだなんて、とんでもない。じゃあ、今の自分の中にある気持ちはなんなんだ。そう続けて言いそうになったのを、祐太はどうにかすんでのところで堪えた。
睦月から、あの男が同居人で、しかも別れた彼氏だと聞いて、祐太の心に激しく沸き上がったのは、名も知らぬ男に対してのまぎれもない嫉妬心だった。
あんな風に泣いてしまうほど、睦月はあの男が好きだったんだ──そう思った途端、自分の気持ちを同時に自覚して狼狽えた祐太は、つい素っ気ない反応しか返せなかった。そんな自分が、男と付き合っていたと告げる美しい人を、気色悪いなんて思わないし、思えない。
「ちょっと、びっくりしただけですから。そんな、気色悪いとか、そんなのぜんぜん思ってないんで」
ムキになって祐太がそう言うと、睦月はほっとしたのか、肩の力を抜いて柔らかく微笑んだ。
それを横目で見ながら、その笑顔がヤバいんだってと、祐太は内心ますます焦った。なんとか平静を保とうとして、自分の方から問いかける。
「聞いてもいいっすか?」
「なに?」
「その……別れた人とは、長かったんですか? 付き合ってたの」
「うん。そう……かな。恋人てしては、4年──いや、5年近いと思う。その前は友だちっていうか、一番の親友だったんだ。中学の時からずっと……ずっと、一緒だった」
5年。
それは、けっして短い年数ではない。ましてや、中学からの親友だったというのなら、いいかげんな付き合いではなかったのだろう。
祐太は少し──いや、かなりのショックを受けていた。
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