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「すごく……」
「え?」
「すごく、好き……だったんですか? その人のこと」
問いかける祐太の声が、少し震えていた。
そのことで、自分が考えていた以上に動揺していることに気づく。そんな彼を訝しむこともなく、睦月は力なく頭を振った。
「どうだったんだろ?……よく、わかんないや」
「薗部さん?」
「別れようって決める前は、けっこうぐちゃぐちゃな状態だったからさ。そんな気持ち、どっかに行っちゃってたかもしれないな。ケンカなんて可愛く呼べるようなレベルじゃない醜い諍いも、いっぱいしたし……」
睦月の話を聞いても、すぐには信じられなかった。アパートの前で話をしていた二人は祐太の目から見ても、とても穏やかな雰囲気だった。
だから、別れることもお互い納得ずくだったのだろうと思っていた。
「結婚するんだ。……アイツ」
吐き捨てるように、睦月が言った。
「えっ!?」
驚いて、思わず祐太は大声をあげる。
「そ、それって、あの、その……女の人と、ですよね?」
「当たり前じゃないか」
祐太のしどろもどろな質問に、睦月はそう答えてクスクス笑った。
「でも、薗部さんと付き合っていたのに、その……」
口ごもる祐太の言わんとすることを察して、睦月は皮肉っぽい口調で話を続ける。
「浮気はね、付き合っている時にも度々あったんだ。それも、一度や二度じゃない。しかも、相手はみんな女性」
なんでもないことのように睦月は話してはいるが、実際はかなり辛かったにちがいない。
祐太は思わず苦い表情になる。それを見て、睦月は力無く笑った。
「そんな顔しなくてもいいよ。もう終わったことだし」
「いや、だって……。ムカつかなかったんすか?」
「そりゃもちろん、すっごいムカついたよ。バレるたんびに大ゲンカ。殴る蹴るだけじゃなくて、物を投げたりもしたし。でも……あれで、大事なやつをかなり壊しちゃったなぁ」
殴る蹴る。物を投げる。
今の穏やかな雰囲気の睦月からは、とてもそんな激しさがあるようには見えなくて、祐太は信じられないでいる。
「あの、結婚ってことは、浮気じゃなくて本気だったってことですか?」
「さあ……どうだろ? ただ、相手に赤ちゃんができちゃったからさ」
「はあ……」
次々と繰り出される睦月の告白に、どう反応すればいいのかわからず、祐太は間抜けな相槌を返すしかなかった。
「それがわかった後も、いろいろもめたけどね。結局、それが引き金になって、別れることになったんだ。だって、どうしたってかなわないじゃん。相手に妊娠されちゃったらさ」
苦々しくではあったが、それでも睦月は淡々と語っている。なんとか冷静に、過去を振り返ろうとしているようにも見えた。
でも、と祐太は思う。
でも、好きだったんだろ? だから、あんなに泣いたんだろ。
頭に浮かんだ疑問をぶつけてみたかったが、これ以上あれこれと聞き出す勇気は、祐太にはなかった。だが、そんな彼の心情にまったく気づかない睦月は、まだ話を続けようとしている。
「今、考えてみるとさ。翼──ああ、ソイツの名前なんだけど。翼は翼で、アイツなりに悩んでいたのかなって」
「何をですか?」
「もちろん、男の僕と付き合うってことをだよ。僕自身は、中学の頃から翼をずっと好きだったし、女性に興味を持てなかったから、たぶん……ゲイなんだと思う。でも、アイツはそうじゃなかったのかもしれない」
ずっと好きだった。ずっと──。
祐太の頭の中で、睦月のセリフがリフレインされていく。
あ。
今のは、ちょっとキツいかも。
目頭が熱くなるような感じがして、祐太はきゅっと奥歯を噛みしめた。まだ、睦月は話し続けている。なんとか、平然としていないと、変に思われる。
「ごめん、てね……言われたんだ」
「はい?」
「アパートの前で、別れ際にね。ごめんって謝ってきたんだよ」
「だって、向こうが悪いんだから、謝るのは当たり前じゃないすか」
睦月の言葉に、素直に祐太がそう返すと、睦月は頭を左右に振った。
「今までさ、アイツは自分がどんなに悪くても、絶対に謝らなかった。なのに、2回も言ったんだ──ごめんって。言ったアイツは、それでスッキリしたかったんだろうけど。それって、なんかズルいよな」
「ズルいって?」
その言葉の意味がわからずに祐太が問いかけると、睦月の表情がだんだんと曇っていった。
「何も言わずにいてくれたら、一方的にアイツを憎んで、心の底から嫌いになって、そうして忘れるよう気持ちがすぐに動いたと思うんだ。それなのに、あんな風に謝るのは……ズルいよ」
たしかに、睦月の言う通りなのかもしれないと、祐太は思った。
謝って終わりにするぐらいなら、最初から裏切らなければよかったのだ。別れが決まった後の謝罪など、深く傷ついた心にはあまりにも痛すぎる。前向きになろうとしていた気持ちが、くじけそうになるだろう。
それを、ズルいと睦月は言うのだ。
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