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「だから、あんなに大泣きしちゃったんですか?」
なんとか車内の空気を軽くしたくて、祐太はわざと揶揄うような口ぶりで訊ねた。
睦月はしばらく考え込むように黙っていたが、やがて口元を笑みの形に変えて答えた。
「半分アタリで、半分ハズレ、だね」
「どういう意味ですか?」
わからない、といったように祐太の眉が下がる。
「タオルがね……」
「え? タオル?」
「タオルの感触が……優しかったんだよね」
そう言って、はにかむ睦月。だが、祐太には彼の言葉が抽象的すぎて、よくわからなかった。
「あと、徳倉くんの言葉も」
「俺ですか?」
何か特別なことでも言っただろうかと思い出そうとするが、何も浮かばない。祐太は困ったように、眉間にシワを寄せる。
「なんかね、徳倉くんの声を聞いたら、まるで『泣いてもいいよ』って、言われたような気がしたんだ。そうしたら、涙が止まらなくなっちゃって」
照れくさそうに、睦月が微笑む。それはとても魅惑的で、さっきから動きの早い祐太の心臓には、あまりよろしくない笑顔だった。
ちくしょう、と祐太は内心で意味なく呟く。
なんだか自分ばかりが翻弄されているようで、悔しさが湧いてくる。だから、ちょっとだけ意地の悪いことをわざと訊いてみた。
「じゃあ、俺のせいですか? 薗部さんの号泣は」
「えっ!? いや、違うよ!」
慌てたように、睦月がすかさず否定する。その反応の早さに気が晴れて、祐太がわかってますと笑って言うと、揶揄われたことに気づいた睦月は、頬を膨らませてむくれてしまった。整った見た目の容姿に反して、その仕草はものすごく子供っぽい。そういったところがますます可愛く思えてしまって、つい祐太はさらに揶揄ってみたくなる。
「なんか、ちょっと思ったんですけど」
「なに?」
聞き返してくる睦月は、まだむくれているらしく、怒ったような口調だ。そっぽを向くようにして祐太から顔を背けている。
「そんな風にしていると、薗部さんって年上とは思えないですよね」
「……っ!?」
睦月はさらに膨れっ面になり、振り向いて祐太を睨みつける。だが、それがますます子供っぽさを強調させていることに、彼自身は気づいていない。
「ほら、そうやってムキになればなるほど──」
「ガキっぽいっていうんだろ? わかってるよ、そんなこと」
「あ、それから俺、べつに天然じゃないですから」
「自覚ないところが、すでに天然だよ」
睦月はそう言うと、またぷいと窓の方に顔を背けてしまった。再び揶揄いのムシがむくむくと、祐太の中に湧いてくる。
「拗ねてます? 薗部さん」
「拗ねてないよ」
「拗ねてるんですね」
「だから……っ!」
言い返そうとした睦月は、クックッと肩を震わして笑っている祐太を見て、羞恥心で顔が赤くなる。なんだかこのやりとりが、まるでバカップルのじゃれ合いのように思えたからだ。
隣でハンドルを握っているのは、自分が引っ越しを依頼した便利屋の、しかも初対面の青年だ。
それなのに、彼の前であられもなく号泣して、別れた恋人の話なんかも聞いてもらい、そのうえ、なんでもないような話で大笑いして、つまらないことを揶揄い合っていたりする。そして、そのことでこの上なく胸の中が軽くなっている自分がいた。
こんな気分は、どれくらいぶりだろうかと、睦月は思い返してみる。
いがみ合い、傷つけ合うような言葉を投げて、精神的にも肉体的にも疲弊していく日々。あの頃は、腹を抱えてばかみたいに笑う日がまたやってくるとは、とてもじゃないが思えなかった。
「──そろそろですよね?」
かなりの間、考えこんでいたらしい。ふいに祐太に声をかけられて、睦月は我に返って窓の景色を見回した。
何度か訪れたことのある街並みが、走る車の外を流れるようにして通りすぎていく。
「ああ……。うん、そうだね」
「このまま、まっすぐ行っちゃっていいんですか?」
「いや。えっと……もう少し行くと、コンビニがあるから、その角を左に入ってほしいんだけど」
「わかりました」
祐太は請け合うと、スムーズに車を走らせて、睦月の指示通りに左折した。もう少ししたら、新居に到着する。そこで荷物を運び出してしまえば、引っ越しは完了だ。
そのことが少し寂しいと、睦月は思い始めていた。
コンビニの角を左折してから程なくして、二人の乗ったワゴン車は7階建てのマンションの前に停車した。
「ここですか?」
「うん。5階の503号室だよ」
「エレベーターは?」
「あるよ」
「よかったぁ……」
心底ホッとしたようにそう言う祐太に、睦月はまた笑いを誘われた。
「じゃあ、さっそく運んじゃいますね」
「うん、頼むよ──あ、僕は先に行って、部屋の鍵を開けとくよ。出入口はオートロックだから、入る時は入口で部屋番号押して、インターホンを鳴らしてくれるかな?」
睦月の言葉に、祐太は了承の笑顔を返した。
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