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第4話

 濃い朱色の和紙で折られた紙風船が、よたよたと弧を描く。真っ白い病室を横切ったその放物線が、何故だか強く眼に焼き付いた。  咄嗟に両腕を突き出した弟に、湊ははっと眼を瞠った。両親が亡くなってから、外部との接触を絶つように何に関しても無反応になっていた弘人が、その腕に紙風船を抱えている。  どこか呆然として見えるのは気のせいだろうか。  咄嗟に祖母に向けた瞳は、もしかしたら縋るような色をしていたのかもしれない。病気で痩けた頬を緩め、祖母は湊に優しく微笑んだ。それは久しぶりに感じる、大きな安心感を孕んだ笑顔だった。 『っ……』  両親が死んでから貼り付いていた何かが、ピリリとした痛みを残して剥がれていく、そんな感覚が胸を撫でる。話しかけてもぴくりとも動かない弟と二人だけで生活する日の方が多い中で、どんどん塗り重ねられていった、何かが。  弟は紙風船を持ったまま、またどことも知れない所を見ていた。けれどそのぼんやりとした大きな黒瞳が、彷徨うように揺れているのが分かる。その瞳が酷く長い時間をかけて、自分を静かに映すのを、湊は呼吸を忘れて見つめていた。 『……にい……?』  小さな声が呼ぶ。変声期前の高い、子どもの声。  もう長いこと使われることのなかった声帯が無理に紡ぎ出した声は聞き取り辛く、掠れて震えて消え入りそうでみっともない。けれど。  ――――けれど。 『ッ……、ひろ……!』  祖母の笑顔も真白の病室も、弟の確かに焦点の結ばれた眼差しも、その瞬間すべてが滲んで弾けた、そんな奇跡だった。

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