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第71話
まずは近場のコンビニや二十四時間営業のレストランを捜して回った。他にも目に付いた場所にとりあえず飛び込んでそれらしい人がいないか訊き歩いたが、なかなか欲しい情報は集まらない。
もう捜し始めて二時間は経った。
この雨の中兄はどこでどうしているのか。焦れた弘人は借りた軒先で傘を畳んで、湊の携帯を取り出した。
少し濡れた髪を払う。小野瀬から話を聞いてから付き纏う嫌な予感がどうにも頭から離れない。もしも自分よりも先に兄の会社の客だという外人が、兄を見つけていたら。安全な場所に保護してくれているだけなら感謝するが、小野瀬から聞く限りでは妙に兄を気に入っているらしいし、正直気が気でなかった。
時刻は二十三時を過ぎたところだ。掛けるには非常識な時間で少し躊躇ったが、アドレス帳から小野瀬の番号を引っ張り出して呼び出す。申し訳ないが後少しだけ付き合ってもらおう。
『はい、小野瀬です』
「遅い時間にすみません、弟の弘人です」
『ああ、何かありました?』
「それが……」
もしも。もしもだ。外人が先に兄を見つけたとしたらどこに連れて行くかと考えたら、一番可能性が高いと思えたのは今外人自身が宿泊しているホテルだった。
常態ではない兄を最も落ち着かせ易い場所は限られている。
会社の客ということは小野瀬に聞けば情報は得られるはず。だがすんなり賓客の居場所を部外者に教えはしないに違いないから、一計を案じることにした。
「兄が外国からのお客さんの所に出かけて行ったんですが、ちょっと急いで訊かなきゃいけないことができまして」
今掛けているのは兄の携帯だから、彼が携帯を持たずに出かけたから困っているという弘人の言葉を小野瀬はあっさり信じた。
『ああー、あの人たまにうっかりさんですからねえ。最近も仕事から離れるとよくぼんやりされてましたし……本当は外部の方には教えられないんですが、内緒ですよ。弘人さんは身元もはっきりされてますし、部長の弟さんだから特別なんです。いいですか?』
「はい、ありがとうございます」
念を押されはしたが無事に外人の宿泊施設を教えてもらい、電話を切った。小野瀬には今回本当に世話になっている。事が落ち着いたら真っ先に礼をしなければならないだろう。
携帯を仕舞ってまた傘を開く。
少し弱まった雨の中に、再び足を踏み出した。
教えてもらったホテルは、徒歩でも行ける程近くにあった。
まだ外人と兄が一緒に居るという確証はないのに、気持ちだけが少しずつ逸っていく。
ベルボーイの案内を断って空のエレベーターに乗り込むと、自身を落ち着かせるために胸を一つ叩いて大きく深呼吸をした。
部屋に行って、本当に兄がそこに居たとして。迎えに来た弘人を見て、彼がどんな表情をするか。多少の拒絶は覚悟しておかなければならないだろう。
それだけの事を弘人は彼に対してしてしまったのだから。
上昇していく階数を見上げ、何と声を掛ければ湊が戻ってくるか考える。一緒に帰ろうか、それとも先にごめんか。もう失敗は出来ないのだから、しっかり考えなければ。
エレベーターが静かに目的の階に到着した。
奥側に件の部屋はあるらしい。そちらの方向へ目を向けて、ぎょっと足を止める。
「……嘘だろ……」
――――恐らく奥のあの部屋が例の外人の部屋なのだろうが、あれは何だ。なぜ扉の前に、SPよろしく黒服で固めた怖そうな男たちが直立しているのだ。
一体何者。だがこれで、少なくとも中に人が居ることは確定した。
さり気なく警戒態勢に移った黒服二名からの無言の圧力を受けながら、覚悟を決めて弘人はゆっくりと近づいて行った。
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