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第10話

 弟との悩みに悩んだ再会から一ヶ月が過ぎた。  互いに忙しい身の上だが、弘人は小まめに連絡を寄越してくる。内容はたわいもない日常の一コマばかりで、そのおかげで湊も変に構えずに返信できていた。まるで普通の仲の良い兄弟のように。  ――――事実、そうなのだけれど。一般的なそれより、多少方向が違うだけで。  俳優海津弘人を起用したCMの製作は順調だ。随時上がってくる報告書を見る限り、問題はない。この調子なら予定通り撮影は終了するだろう。  本来ならばCM製作にここまで時間はかけない。今回は特別だった。  多忙の弘人のスケジュールの合間を縫って、少しずつ撮っているCMの内容は、社内の人間といえど誰もが知れるわけではない。湊とて、上がってくる報告書は見ていても、どんな仕上がりになるのかは分からないのだ。  撮影現場に常に同行する小野瀬の話を聞かされて、羨ましくないと言えば嘘だった。本当は物凄く見てみたい。テレビや映画で弘人の俳優ぶりは見ているが、再会してしまった今、もうそれだけでは足りなくなっていた。  先日送られてきた弘人からのメールを開く。道端で会った猫が美猫だったとか、夢で湊と逢えて嬉しかったとか、こちらが気恥ずかしくなるような乙女チックな内容の下にさり気なく書かれた文字を読む。CM撮影最終予定日の日時と、場所だけが記されたそれを。  現場の責任者ではないが、部門の統括者ではあるから強引に理由をつけて見に行くことはできる。だが、弘人は恐らく、湊が仕事として見に来る事は望んでいない。行くとするなら、海津湊個人としてだ。  見てみたい思いと、仕事という盾を奪われた状態で弘人のテリトリーに入り込む危険性との間で気持ちがぶつかり合う。弟としての弘人、俳優としての弘人、そして男としての弘人。全てを見たいと思う気持ちの根底には、弘人の全てが欲しい独占欲が潜んでいる。  再会してからどんどん膨らんで、もう認めないわけにはいかなくなった強欲な自分が、誰のものでもある状態の弘人を見て何も思わないはずがない。  馬鹿な思考回路に陥りかねない自身への不安が、湊の行動を鈍らせていた。  ――――だが、もう逃げないと決めたのだ。弘人からも、自分の心からも。  携帯を仕舞い、ひとつ深呼吸をする。  胸に巣くっている臆病者を、追い出すように。

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