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第15話
使用済み食器を洗ってチーズを切り分けながら、湊はちらりと浴室の方向を見た。
弘人が風呂に入ってもうだいぶ時間が経っている。こんなに長風呂だっただろうか。
弟との団欒は、緊張しながら彼を迎え入れた湊から良い具合に力を抜いた。
湊とて、何も考えていないわけではない。兄弟の情を超えた想いを持ってしまった者同士が、何もなく一夜を過ごせるとは思っていなかった。弘人の窺いメールにもそういった意思は表れていたし、それを感じた上で許可を出したのだ。自分としても腹は括ったつもりだったのだが。
実はここにきて、湊は少し、弘人の考えが分からなくなり始めていた。部屋に入るまではがちがちに緊張していたようだが、今ではもうすっかり普通の弟ポジションに落ち着いてしまっている彼の気持ちが。
先日の外出時にも感じたことだったが、もしかしたら弘人は兄への想いを勘違いしているのではないのだろうか。
家族への愛情と、一個人への恋の違いは明確だ。弘人の場合、恋に恋する年頃に自覚したその気持ちが、実は多少強めなだけの親愛だったとしたら。それを恋だと思い込んで、今なおそれを引き摺っているのだとしたら。同性の、それも兄弟に恋をするだなんて倒錯的なことに、現実味がなかったから認められただけなのだとしたら。
いつか弘人がそれに気づいて、自ら離れる日が来るのだろうか。先に弘人の手を離したのは自分だ。自分の行いは自分に返ってくるものだ。そうなっても、湊には何を言う資格もない。
溜息が漏れる。今更、とも思う。
今更、弘人がこの気持ちは恋ではない、だなんて言ったとしても。
もう自分の中では消化できない。できない程、育ってしまった。そもそも寝た子を起こしたのは弘人だ。今になって自分だけ撤退など。そんなこと。
くさくさしていたら段々腹が立ってきた。チーズに罪はないけれど、思わず力を込めて叩き切ってしまう。
撤退、なんて。自分だけ何事もなかったような顔なんて。
させるものか。
勘違いだろうと何だろうと、もういっそのこと無理矢理にでも先に進んでみたらどうだ。それでやっぱり違うと思うようなら、一時の過ちとして流してしまってもいい。
互いにいい大人なのだから、過ちへの蓋の仕方は知っている。弘人が尻込みするのなら、問答無用で抱いてやってもいい。そこから始まる関係だってあるかもしれないのだから。
――――そうだ。そうしよう。
男らしく決意を固めて、湊はぶつ切りの憂き目に遭ったチーズをどんと皿に盛った。
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