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第17話

 長い男の指が肌を辿る。  女のものとは固さの違うそれが、口付けを繰り返しながら体中を彷徨う感覚に湊はあっという間に溺れた。  快楽に弱いつもりはなかった。ただ、いつも与える側だった。与えられる側に回った途端こんなに敏感に反応するとは思っていなかった。  弟と唾液を交わらせている事実に興奮する。口の端から零れた液体を舐められて吸われる、それだけで意識が混濁してきた。  恥ずかしい。居た堪れない。気持ちいい。  寝室へ誘ったのは湊の方だ。風呂上がりに問答無用で弟にキスをした時は、本気で抱くつもりだった。けれど今は、弟の熱い体の下で背をうねらせている。本当に熱い。発熱しているのではないだろうかこの男は。  その熱が興奮の度合いに比例していると分かっているから、尚更熱が上がる。恐らく自分の体も発熱しているように感じられているだろう。  黒い眼が怖い程真剣に見下ろしてくるのを、新鮮な気持ちで見上げていた。男に、それも弟に、こんな風に扱われるなど驚きだ。  だが悪くない。飢えた眼差しで求められるのは、求め合うのは、とても気持ち良かった。 「兄さん……」  時折漏れる弘人の声も堪らない。欲情に掠れて喉を鳴らしている様など目の毒だ。いつの間にこんな色気を纏えるようになったのだろう。  胸元に吸い付く黒髪を掴む。乳暈をすっぽりと唇で食まれ、吸われながら甘く噛まれると腰にきた。そんな場所が始めから感じるわけがないと高を括っていたのに。  自分が知らなかった自分を暴かれる生理的な恐怖は消えない。男に抱かれる自分というのもこんな状況なのにあまり上手くイメージできていない。けれど、自分に触れる男がとても幸せそうな顔をするから。  何でもできる気がする。 「ひろ……」  溜息のように名を呼ぶと、すぐにキスが降ってきた。欲しいだけ貪る。欲しがられるだけ与える。そうできることが誇らしかった。  熱い。暑い。  室内の温度もどんどん上昇していく。裸の二人の熱を吸い取ったシーツも熱い。湊の体も弘人の体も、絡み合う視線も、全てが熱かった。  弘人の掌が脇腹を撫で下ろしていく。臍の周りを揉むように撫でられて、戯れに窪みを掠られる。  その指が下腹の茂みを梳き、やがて股間へ潜った。 「っ……う……」  びくりと跳ねた体を押さえ込まれ、咄嗟に口元を覆った手を剥がされる。恨みがましく睨んだ目尻を舐めてきた弘人の目が笑っている。  すでに兆していた物が大きな手に包まれ、揉み込まれると湊の背が反った。あり得ないくらい開いた脚の間にいる弘人の存在感が大きい。下から全て見られている。  兄の威厳など丸潰れのこの姿を。  溢れてくる先走りを掬い取られ、自身に塗り込められていく。いつの間にかローションのボトルを開けた弘人の手は前だけでなく後ろにも回った。すっかり取り去られたタオルがいつの間にか腰の下に敷かれていたが、湊に気付く余裕はない。 「ん、ぅ……、ひろ、きもち、わる…それ……」 「うん、ごめんね。ちょっと我慢して」  窄まった後孔に突き入れた指を動かされると、吐き気が込み上げてくる。腸壁を探られる直接的な感触に鳥肌が立った。  男同士はそこを使うと知ってはいるが、なかなか辛い。本当にこんな所で快感など得られるようになるのだろうか。相性が悪いと痛いだけだと聞いたことがあるが、それは嫌だなと湊は朦朧とした頭でぼんやりと思う。  せっかく抱き合うのなら、弘人と二人で気持ちよくなりたい。 「この辺、どう?」 「――あっ、ちょ、……!」 「当たり?」  ほっとした顔で弘人がぐりぐりと押してくるそこの効果は抜群だった。指一本で冷や汗を浮かべていた湊が激しく震える。  一気に追い詰められ始めた湊の腕が、弘人の背に縋り付く。動き辛いだろうに湊の好きにさせて、弘人は快感に目を潤ませる兄を凝視してきた。  視線が強すぎて視姦されている気がする。 「く……は、あ、見るなよばか……」 「何で? 見られてたら、感じる?」 「……っくそ、覚えて、ろよ」 「ああ、忘れるもんか」  熱に浮かされた顔で囁く弘人に愛しさが込み上げた。もう本当にどうしようもない弟だが、愛しい。その手で体も心も極められている兄だって、十分どうしようもないけれど。 「兄さん、枕、取って」  辛そうに顔を歪めた男に、力の入らない腕で頭上を探って枕を渡してやる。随分長い時間をかけてこちらの体を慣らしたのだ。相当辛いだろう。  手早く腰の下に枕を押し込まれ、いよいよかと湊は細く息を吐いた。  弘人を仰ぎ見る。  今の彼の表情は、きっと自分が浮かべているものと同じだ。  ――――これで、二人は一線を越えるのだ。世間には決して認められない一線を。  二人で選んだ結果だ。二人で受け止めて、抱えて生きていく秘密だ。  湊は弘人の頬へ指を這わせた。弘人も湊の頬を包み込む。こつりと合わせた額の熱から、互いの想いを確認し合った。  猛った自身にもローションを塗り込めた弘人が、腰を屈めて分け入ってくる。 「――う、…っ、……い、た」 「くっ……に、さん、がん、頑張って…っ」 「ばか、がんばっ、たら、力、はい……っんぁ!」  鈍い痛みと共に下腹部が動いて、急激な摩擦に全身が硬直した。  ぶわ、と冷たい汗が噴き出す。 「っふ、う……」 「っ、…ッ、ふう、じゃな、ばかひろ……っ」  はくはくと湊の唇が空気を求める。言葉にならない。あり得ない。  入りにくい先端部分を捻じ込まれたと思ったら、息を吐いた一瞬の隙を付いて一気に突っ込まれた。衝撃的過ぎる。  自分を抱き締めて倒れ込んできた男に殺意が沸いた。同時に、腹の中でじっとしている熱を上から触れて確認されて、それ以上の愛情が溢れる。  苦しい。弟の物で塞がれた下半身も、ぎちぎちに銜え込んだ腹も、抱き締められた上半身も、切なく眉根を寄せて動きたいのを堪えている弟の表情も、全て苦しい。  そして怖ろしく甘美だ。  忘れない。これは忘れられない。この痛みも苦しさも愛しさも、全部湊のものだ。弘人のものだ。二人のものだ。  忘れない。  緩く腰を打ち付けられる。喉が反れる。掠れた呻きが漏れた。  徐々に嬌声に変えられていく自分の声音は聞くに耐えないが、気にしている余裕はない。  目に映る色が塗り替えられていく様を、弘人の肩越しに見るこの不思議さ。体全部で感じる彼の存在が、じわじわ心にも浸透していく。  律動と喘ぎ。  卑猥な音さえも当たり前になっていく熱に浮かされて、二人は時間も忘れて求め合った。

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