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第74話
強制的にお引取り願って扉を閉めると、様子を見に来た湊が心配そうな顔をして、扉とクラウスを見比べていた。
「ヘル……まさか、乱暴なことは……」
「していないよ、大丈夫。それより、これで良かったかな?」
意向を聞いての行動だったわけではない。だが、クラウスが湊の様子を見てそうしてくれたのだとは分かっている。
迷った時点で、今は会わない方が良いということだ。弘人の声を聞いただけで青褪めるような状態で、何を話せたものか。
だからきっと、これで良かったのだと湊は頷いた。
「はい、ありがとうございます」
「それでは先程の続きを、向こうで話そうか。……少し、訊いてみたい事も出来たしね」
このタイミングで何を訊きたいのかなど、一つしか浮かばない。
手首の痕を気付かれた時とは比べ物にならない緊張を覚え、咽喉が詰まった。観察眼と勘の良さは折り紙つきのクラウスが、今の一幕で恐らく悟ったであろう事は事実だ。
先に奥へ戻っていく背中を見て思う。
彼の問いに肯定したところで、それを吹聴して回るような人間ではないから、下手に誤魔化さずに話してしまった方がいいのかもしれない。どうせ勘付かれているのなら、いっそのこと。
――――これが湊一人の話で終わるのなら、それでもいい。
そう。
相手がいる以上、その相手の許可を得ずにこの関係を他人に明かすなどあり得ない事だ。湊一人で完結できるものではないのだから。そして相手である弘人の職業上、尚更外国の人であろうと勝手に話すわけにはいかない。
「ミナト?」
着いて来ない湊を振り返ってクラウスが呼ぶ。
追及を決めた彼を煙に巻くのは至難の業だろう。あまり人らしい生活をしていなかったツケが回ってきて、頭も体も動きの鈍い不利な今の状況で、果たして彼に太刀打ちできるか。
困った。
だが、困っているだけでは誤魔化せない。
どう躱すか考えながら足を踏み出しかけた時、扉を挟んで聞こえた声に体がぴくりと反応した。
「…………」
「ミナト……どうした?」
突然廊下を透かし見るようにじわりと扉を振り返った湊の許へ、クラウスが怪訝な顔をしながら戻ってくる。
もう一度声を掛けられた直後、今度ははっきりとその言葉が聞こえた。
「――ッ」
「ミナト!?」
ばん、と扉を開け放つ。
クラウスの制止を振り切って廊下に飛び出し、湊はエレベーターの方へ駆け出した。
――――呼ばれた。
必死な声が聞こえた。
――――今、呼ばれた。
『湊さん』ではない、呼び名で。
――――今、確かに呼ばれた。
無理矢理箱へ押し込まれた弘人が目を瞠る。
エレベーターを下の階へ送ろうとボタンを押したボディガードたちが、何か叫んだ。
閉まるドア。制止のために広げられた黒い腕。
伸ばされた弘人の手。
隙間から滑り込んだ箱の中に、二人はもんどり打って倒れ込んだ。
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