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第27話

 自分は怒りメーターが振り切れると爆笑してしまうらしい。  くるくると手の甲でペンを回しながら、湊は弟とのやり取りを思い出していた。  この歳になって新たな自分をまた一人発見してしまった先日の一件。  アホな弟を持つと苦労する。殴って目を醒まさせることもできない職業に就いているのにも腹が立つ程度には、弘人の言動はカチンときた。  制裁はその場で下したからいつまでも引き摺ってはいないが、馬鹿な勘違いはともかくとしてあの弘人の眼差しはいただけなかった。  ――――あんなガラス玉のような瞳で、自分を見る弘人なんて。  昔を思い出して正直ぞっとしたし、不安にもなった。まあ、その後にじゃれて甘えてきた弘人は異常に可愛かったから許したが。  躾が足りなかったと反省して、湊は手元の書類を捲った。  五年前に試運転を開始した長期プロジェクトに、いよいよGOサインが出た。湊が本社に呼び戻された時点で上の意向は分かっていたから、いつ走り出しても問題ないように準備は終えている。後は中身を部下たちに落とし込んで、各部署との連携を上手く回せるように手を加えていくだけだった。  椅子の背もたれに寄りかかり腕を組む。入社一年目で任されたプロジェクトが、真実意味を持って動き出すのは実はこれからだ。気紛れのように飲食店経営に手を出して、悪戯に企業の多角化を進める気は湊にも会社にもなかった。  書類の表紙にプロジェクトメンバーの名前を書き込んでいく。中枢になって動く人物たちは、主に自分の部内から選出していかなければならない。会社の表舞台で最前線を彩るのが営業部ならば、裏方で花形を張るのが湊の部署である企画広報部だ。営業組みが有利に交渉を運べるように取り計らい、会社の方針に従って組織を支え調整役をこなす。バランス感覚に長けた選りすぐりばかりが集められた部署では、幸いなことに人選で困るようなことは滅多になかった。  書き込んだ名前を一人ひとり確認し、その状況を追っていく。今のところそれほど大きな仕事を抱えている者はいない。上からの通達があった際、すぐに体を空けられる状態にしておくようそれとなく指示していたのは湊だし、量も調整していたのだから、そうであってくれないと困るが。  己の手が届く範囲での準備は整った。後は不測の事態に備えて、考えられるあらゆる最善策を用意しておくだけだった。  これから殺人的に忙しくなるだろう。本格的にプロジェクトが動き出したら、通常の休日もまともに取れなくなる。だから戦の前に英気を養ってもらおうと、企画広報部では先週から順番に早めの夏季休暇を取らせていた。  湊の休暇は弘人と合わせて取った。弘人の方も撮影が佳境に入ると休みなど取れなくなるから、二人揃って休むとしたら今しかない。  折りしも申請できた休暇時期は盆と重なった。これはもう両親が帰って来いと言っているのだろう。  この夏、生まれ育った家へ帰省する。  家を出た時には置いていった弟と、二人で。

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