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第32話

 湯気が満ちた風呂場に粘着質な水音も満ちていく。  人の耳を食みながら股間を揉んだり擦ったり忙しい弟をどうしようかと湊は真剣に悩んでいた。  だが結局、理性と本能は容易く入れ替わる。それが恋しい人の手で与えられる快楽を基にしていたら尚更だ。  耳の中に窄められた舌が入り込み、まるで後ろを犯す時のように蠢く。内部の形を確かめるようにねっとりと舐られ、小さな穴を舌先が行き来する。弘人の吐き出す息が熱くて、耳から吹き込まれるそれが脳を炙るようだった。  堪らずに篭もった吐息を零す。耳を舐る弘人が押し付けた唇が、嬉しそうに笑んだ。  弘人は湊の体のどこもかしこも甘く蕩かすように触れる。始めの頃は慣れない体を気遣って恐るおそる触れているのかと思っていたが、どうやらこれが弘人の抱き方らしく、慣れてきた今でも優しい触れ方は変わらなかった。 「兄さんのも」  先端から雫を零しながら完全に起き上がったものの裏筋をつつ、となぞり上げられて腰が震える。両手で持たれてはいるが、もう支えが必要ないのは一目瞭然だ。顔を俯けたら自分の息子と目が合って、居た堪れなさに輪がかかる。 「そりゃ、触られたら、勃つさ」  できるだけ平静を装ってはいるが、一体どこまで通じているのか。  切れぎれの強がりにくすくす笑いが被さってくる。 「のぼせそ……」  風呂の熱気と肌の熱に浮かされた弘人の掠れ声にぞくりときた。  弟の手の中で質量を増したそれが、一層震える。  ダイレクトに湊の心情を伝えられた弘人が、笑みを深くしたのが見えなくても分かった。  羞恥に溺れそうだ。 「ねえ、こっち向いて、兄さん」  一緒にイこ、と甘えられたらもうだめだ。  立ち上がった弘人に引っ張り上げられるように立たされて、体の向きを変える。正面から抱き合うと、猛った弘人のものが押し付けられて息が止まる。 「握って」  二本共両手で包めば、その上から弘人の手のひらが重なった。きつく輪を狭めて弘人が腰を使うと、手の中で熱い肉茎が跳ねる。裏と裏を合わせて、筋や傘の下を擦り付けあったら一気に脳髄が痺れた。  噛み締めた唇から殺しきれない声が漏れる。雄同士を擦り付けあうセックスが酷く気持ちがいいと教えたのも弘人だ。始めは上手く出来なかったけれど、回数を重ねる毎に自然といい動きを覚えたのか、無理なく感じられるようになった。  曇った浴室に二人の荒い息遣いが響く。皮が摺り合う微かな音は間を伝う先走りが立てる水音に紛れ、時折息を詰める弘人と自分の堪え切れない呻きで聴覚から欲塗れになっていく。  二人分の体液で濡れた雄はもうてらてらだ。飛び散った透明な液が互いの腹に点々とかかっていて、強い快感に朦朧としながらもふと気になった。  強く握りこまれている手のひらから片手を抜き出して、弘人の腹に浮いたどちらのものとも知れない精液を指で伸ばす。 「……ッ!」 「あっ」  どくん、と弘人のものが脈打った。一拍遅れて尿道に爪を立てられた湊も爆ぜ、互いの腹に熱い飛沫が飛び散る。弘人の腹に伸ばしていた腕にもかかり、咄嗟に引っ込めようとした腕ごと抱き締められた。 「……もー、一人で終わっちゃうとこだったじゃないの……っ。危なかったあ……」  まだ整わない息で責められた。肩に押し付けられた唇が何度も肌に吸い付いてくすぐったい。 「はあ……ちょっと、限界、暑い」  抱擁を解いてよたよたガラス戸を開けに行く。色々篭っていて暑い。このままでは二人共のぼせかねない。  弘人も浴室の窓を開けた。真夏の夜、涼しい風は望めないが空気が入れ替わるだけでも相当違う。冷水のシャワーで壁を冷やして、ついでに床に落ちた痕跡も流してしまった。 「兄さん、座って。ちょっと休憩したら頭から洗うから。シャンプーまだでしょ?」 「まだだけど……自分でできるんだけど……」 「やりたいの。ほら、座って。とりあえず飛んじゃったの流すから」 「はいはい」  互いの腹や胸にかかった精液をざっと流して気怠くバスタブの縁に寄りかかった弘人を眺め、湊は自分の節操のなさにこっそり呆れた。  いくら弘人と三日間一緒だとは言っても、場所が場所だ。生まれ育った家というのは聖域に近いのに、そんな場所で性欲を持つとは思えなかった。  なのに結果はこの有様。  おまけにただ抜き合うだけでは物足りないのか、体の奥が微妙に疼く。  もう呆れ返るしかない。いつから自分はこんなにおかしな体になってしまったのか、甚だ謎だ。確かに弘人の手によって作り変えられていくのは実感していたが、ここまでとは思っていなかった。  このままだと自分は弘人無しではまともに生きていけなくなるのではないだろうか。  ふとそんな不安まで浮かんできて空恐ろしくなる。一人で立てない可能性など希望でも何でもない。 「ふう、復活。はい、頭貸して」  湊の沈みがちな頭を引き寄せる弘人は至って暢気で、無性に腹が立った。人が真剣に人生の心配をしているのに。 「そりゃあ突っ込む側はいいよな……」 「うん?」  思わず声に出して毒づいたら、よく聞き取れなかったのか弘人がシャワーを止めた。  しとどに濡れた髪を掻き上げて、首を傾げている男をじろじろ見る。  パーツは似ているが弘人の方が余程男を感じさせる顔立ちではある。美しいが精悍、とでも言うのだろうか。染めていない髪が湿気を孕んで少しうねって、しっかりとした首筋や滑らかな頬にかかっているのが何とも言えない色香に繋がっている。筋骨隆々とまではいかないが鍛えられているのが分かる筋肉のつき方は綺麗で、引き締まった胸も腰も脚も触れてみたくなる魅力があった。  一通り弟の裸体を眺めて一人頷く。  これならいける。 「弘人、ちょっと提案があるんだ」 「……はい?」  兄の目つきと声音に何を感じたのか、弘人が臨戦態勢を取る。  危機管理能力が高い弟の肩に手を掛けて、湊はその警戒心満載の瞳を覗き込んだ。

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