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第33話

 兄がこんな眼をしている時は大概碌なことを考えていない。  がっしと肩を掴まれたまま弘人は次の言葉を待った。はっきり言って嫌な予感しかしないけれど。 「攻守交替してみないか」 「……うん?」  やっぱりねと、つい遠い目をしてしまう。 「覚悟を決めた眼で言うことじゃないんだけど。一応訊こうか、どういうこと?」 「考えたんだけどね、二人共男なのに俺ばかり突っ込まれてるのもどうかと思って」 「その辺はあんまり考えて欲しくなかったなぁ~」  乾いた笑いを漏らしても仕方がないだろう。  兄がなぜ突然そんなことを言い出したのか分からないが、ここは弘人としても簡単には譲れないところだ。  別に湊に抱かれるのが嫌なわけではない。どうしてもと言うのなら抱かれてもいい。だが、できればやはり抱く側がいい。  だって。 「兄さんは俺を抱きたいの?」  濡れた頬を拭ってやると綺麗な眼を細めて受け入れる兄。  文句を言いながらも、湊は世話を焼かれるのが嫌いではない。慣れていないせいで抵抗があるようだが、こちらから構えずに手を出せば彼も自然と受け入れる。  愛することに慣れすぎて、それを当たり前に受け入れすぎて、上手に愛されることを忘れてしまった愛しい人。  セックスの時くらい、愛されすぎてぐずぐずになってほしかった。 「抱きたいというか……体を変えてやりたい」 「え」  予想外の呟きにきょとんとした顔を包まれる。  両頬に兄の体温。唇に湿った感触。至近距離でやけに強い瞳がうっすら細められた。  高い湿度で赤くなった唇が、目のやり場に困る程淫靡に撓む。 「お前を、俺だけに反応する体にしてやりたい」 「……っ」  ざわり。  肌という肌がざわめいた気がした。  これは。  捕食者の眼をした兄から視線を逸らせない。下で喘いでいるだけの男ではないと思ってはいたが、これは。  弘人はごくりと生唾を飲み込んだ。 「やばい……うっかり抱かれたくなるとこだった」 「ふふ」  ぱ、と手を離して笑う兄はいつもの兄だ。綺麗で格好良くてたまに可愛い、いつもの湊。  しかし、たった今の一面は強烈だった。完全に喰らう側の眼をしていた。ただならない男の艶に腰から力が抜けそうだった。  ――――言いなりになりそうな体とは裏腹の、別の欲が湧く。 「兄さん、さっきの感じで迫ってくれたら、俺落ちるかも」 「ええ? じゃあ頑張ってみようかな」  あの兄を思う様啼かせたら、どんな感じだろう。征服者の眼をした湊を、溶けきるぐらいに抱いたら。どんな風に崩れて、乱れて、堕ちてくるのだろう。  先程とは別の感覚で肌がざわめき出す。  気付けば、想像だけで鳥肌が立っていた。 「何か凄く楽しくなってきた。覚悟しててね」 「お? ああ、うん」  俄然やる気になって瞳を輝かせた弘人を若干戸惑い気味に見つつも、湊は湊でイニシアチブの奪還を狙っているのか決意した顔でこくりと頷く。  何やら妙な三日間になりそうだった。

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