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第42話

『――弟君が、行方不明になったって一時騒然となったとか』 『ああいや、すぐに見つかりはしたんだよ。ただね、それから様子がおかしくなり始めたらしくて』 『しばらくは普通に撮っていたけど、ある時から民宿として使わせてもらってた村長宅から出てこなくなって』 『マネージャーや監督がどれだけ呼んでも出て来ないし、様子がおかしいからって家に入れてもらえるように頼んだけど、村長一家が頑として拒否して……もしも監禁状態なら警察に通報しようって話してたら、弟君本人がひょっこり顔を出して自分の意思だって言い出したらしくて』 『成人済みの人間が自分の意思で家から出て来ないのなら、警察呼ぶわけにもいかないって膠着状態になっちゃってるんだってさ』  ――――あんの引き篭もり野郎が!  千葉への道を急ぎながら、湊は心の中で何度も何度も弟を罵った。  だが罵倒しながらも、専務たちが聞いてきた内容が真実だとは欠片も思っていない。弘人が見知らぬ村に隠れる理由はないし、根が真面目な完璧主義者だ。自分に与えられた仕事を蔑ろにするはずもない。弘人のそんな性格は周囲も承知しているから、らしくない振る舞いに困り果てて下手な手出しを控えている、現状としてはそんな所だろう。  なぜそんな訳の解らない事態に陥っているのか、襟首掴んで問い詰めてやりたい。生きた心地がしなかったこの一ヶ月をどう昇華したらいいのか、本人に叩き付けてやりたい。  とにかく。  ……とにかく。  ――――とにかく、生きていてくれた。  無事かどうかは分からないが、立て篭もっている村長宅から顔を出して直接帰らないと告げたのなら、少なくとも生きてはいる。生死も分からない状態だった一ヶ月間で、最悪の事態を何度も想定した。その度に上手く考えられなくなって放棄していたが、もうそんなことは考えなくていいのだ。  良かった。  ……本当に、良かった。  込み上げてくる怒りとも安堵とも知れない塊に堪りかねて、車を路側帯に寄せた。久しぶりに引っ張り出した愛車のハンドルに顔を伏せて、溢れそうな激情を懸命に鎮める。  まだ完全に安心はできないのだから、ここで気を抜くわけにはいかない。立て篭もる理由が分からない以上、弘人のマネージャーから聞き出した撮影場所へ乗り込んでも、他のスタッフたち同様湊だってただ手をこまねくだけかもしれない。  それでも、一目でも確かな姿を見たくて。こうして仕事も放り出して来たのだから。  しっかりしろと自身を立て直して、湊は再び弘人へ続く道へ戻った。

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