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第48話
広間に戻ると、一旦は部屋に戻された平坂を含んだ四人が地図を囲んで唸っていた。
「あ、お帰りなさい、お兄さん」
平坂が気安く湊を自分の隣に呼ぶ。素直に彼の隣に座って、皆が覗き込んでいた地図を眺めた。
「これは……この村の地図ですか?」
何となく見覚えがある地形に、湊ははてと記憶を探った。いつだったか、似たような形を見た気がする。
「ええ、撮影場所を決めるために手に入れたものだったんですが、こんな形で役に立つなんてね、皮肉というかラッキーというか……」
日野がぶつぶつ呟きながら村長宅までの経路を確認していく。赤線で道のりを辿る手元を見下ろしていたら、不意にその記憶が何なのか思い当たって、湊は平坂を振り返った。
「平坂さん、弘人の荷物はどこにありますか?」
「あっと、彼用に充ててあった部屋に……」
「見せてください」
「ああ、じゃあ鍵はこれです」
「ありがとう」
助監督が差し出した鍵を受け取って立ち上がる。平坂が慌てて案内を買って出てくれて、二人で薄暗い廊下を渡って二階に上った。
弘人に割り当てられた部屋は、長く使われていない証拠に少し埃っぽかった。明かりを点けた部屋の隅に彼のスーツケースがぽつんと置かれている。
「あいつ……着替えとかどうしてたんですかね」
「あちらで用意されてたみたいです。まだ現場に来てた時に何度か荷物を持って行こうかと言ったんですけど、大丈夫だって断られましたから」
今考えると、彼の記憶を刺激するような私物に触れることを、徹底して避けるよう仕向けられていたのだと分かる。
「…………」
確かな異変は事が終わった後、もしくは企みが露見した時に初めて明るみに出る。それでは遅すぎるというのに。
無言で弘人の荷物を開ける湊の背にぐっと抑え込んでいるものを感じて、平坂は居た堪れずに目を伏せた。
自分たちがもっとしっかりと現状を把握して、向き合っていれば。個性的な業界人に慣れ過ぎてしまって、通常の感覚ならばあり得ない言動にまであまりにも鈍感であり過ぎた。
結果、全ての対処が後手に回っている。
この現場に携わっているスタッフたちは皆、弘人の身内である彼からどう罵られても当然だった。なのに彼は村に到着してから今まで、誰一人として一言も責めない。総責任者である監督さえもだ。
一体どれだけの感情を内側に溜め込んでいるのだろう。なぜそれをぶつけずに居られるのか、平坂には分からない。平坂ならば、自分のたった一人の家族がこんな目に遭っていたら、少なくとも監督くらいには詰め寄っているだろうから。
だからこそ余計に申し訳なくて、独りきりで堪え続けている彼が痛々しくて正視できなかった。弘人を上手く救い出せたとしても、彼は兄のことを忘れていると言う。そんな弟と対面した時、彼はどう思うのだろうか。
軽々しく謝ることも出来ず、平坂はただ湊の背中を見ていた。やがて、あったと呟いた彼は、手にB5サイズに近い黄ばんだ冊子を持って立ち上がる。
「平坂さん、お待たせしました。下に戻りましょう」
「あ、はい。……それは本、ですか?」
「そうです。下に行ってから説明しますね」
二度手間を嫌ってさくさく部屋から出て行く湊をまた慌てて追いかけ、施錠する。
この部屋に本来の借主が戻るのは、いつになるのだろうか。
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