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第52話
歩いてみれば、村長宅までの道程はそれほどでもなかった。
それは単純に地中を一直線に伸びる防空壕のおかげだったが、長年封鎖されていた場所を通るのにはなかなか骨が折れた。
道中何度も巨大な蜘蛛の巣に引っかかったり、大量の蝙蝠の糞で滑ってあわや大惨事となりかけたりと、普段滅多に体験できない珍事との遭遇は大変だったけれど面白くて、無事村長宅の敷地内である裏庭に出られた時にはほっとするのが半分、残念なのが半分の緊張感に欠けた状態だった。
汚れ防止のために頭から被っていた雨合羽を裏庭の隅に隠した後は、南方に聞いていた通り村長の部屋を目指した。幸い家人は寝静まっていて誰とも会わずに目的の部屋に辿り着けたが、肝心の主は不在で少し拍子抜けする。
乱れたままの布団を見て、どうやら一時的にどこかへ行ったようだと判断した湊は、このままこの部屋で村長の帰りを待つことにした。不法侵入という立派な犯罪行為を働いているというのに、不思議なぐらいに落ち着き払っている。
部屋の出入り口近くに陣取り、この後の算段を改めてさらう。南方の様子から、自分の顔がこの村にとって特別な意味があることを教えられたため、それを知る前よりは勝算は上がったが、果たしてどうだろう。
世の中には本気で話したところで全く通用しない人間も、残念ながらいる。あの良識的な南方の祖父ならば多少は話も通じるだろうが、弘人の非人道的な処遇を思えば過剰な自信は持てなかった。
静かに座して待つこと数十分。
扉の向こうからぎしぎしと床板を踏む音が聴こえ、湊は閉じていた瞳を開いて立ち上がった。
暗い場所で影を見られた瞬間に不審者と叫ばれるのを防ぐために、あえて灯りの傍に寄って全身を浮かび上がらせる。彼らが崇める曽祖父と酷似した自分の姿ならば、とりあえず度肝を抜いて黙らせることは可能だろう。
その隙に落ち着いて話をできる状況に持っていけばまあ何とかなるだろうと、湊は至って楽観的かつザルな計画を堂々と実行した。
かくして扉は開き、部屋の主であり此度の元凶である老人と初めて相見える運びとなったのだが――――。
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