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第4話「きみのなまえ」
〇きみのなまえ
器を持つ右手が、じんわりと熱い。
ラストオーダー1分前、カウンタ席の出入り口に一番近い所…18番卓にあの人は座っている。
お待たせしたした、そう告げるよりも先にその人物はこちらを上半身を捻る形で振り返った。
「柴田くんって、どちらかといえば豆柴って感じだよね」
あっさり風中華そばの器をそっとカウンターテーブルに置く俺に彼は突然そう言った。いつものことながらあまりに唐突、前後のないその台詞に俺は一瞬言葉を失う。
「はい?……俺、そこまでちいさくないです」
豆柴、といわれふっと脳裏に以前ペットショップで見かけた一匹の小さな犬を思い出す。
可愛かったなぁ、なんて思い出しながら表面上ではほんの少しだけ、不機嫌そうに返してみる。もちろん冗談だ。
「はは、柴、ってついてるからさ。 なんか可愛いなって思って」
答えのようで、答えになっていないような。そんな問いについ小さな笑いが唇からこぼれてしまう。
「なんだか、俺ばかり名前を知られてて不公平ですね」
これももちろん、冗談だった。
確かに柴犬は可愛いな、なんて思いながら器をそっとテーブルへ置く俺に目の前の彼は一瞬俺に視線を向けた後、同じように小さく笑った後ラーメンに向き直り割り箸へ手を伸ばす。
「高宮」
「え?」
「高宮秀一、俺の名前ね」
ため息でも吐くかのように自然と告げられたその言葉を、思わず頭の中で反復させる。
(高宮、さん)
高宮、秀一。俺の中でずっと【あの人】だった目の前の彼…高宮さんの名前を、何度も何度も繰り返す。
今までずっと夢見心地だったものが、すっと現実味を帯びたような…不思議な感覚。
「で、柴犬か豆柴かって話なんだけど」
いつからそんな議題にシフトチェンジしていたのだろうか。 そんな俺の内心など露ほども気づいていないだろう高宮さんは、ぱきっと割り箸を2つに割くと真面目な面持ちで俺を見上げてくる。
それがなんだかおかしくて、だけど何故だか愛おしいような、くすぐったいような。そんな感覚がまたおかしくて、俺は堪えきれずにまた1つ笑いをこぼしてしまった。
「……高宮、さん。ラーメン伸びちゃいますよ」
「おっと、そうでした」
ラストオーダーは深夜1時を回ったら 「きみのなまえ」 完
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