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第6話「青空外食デート」
〇青空外食デート
陽射しがまだ優しく降り注ぐ土曜日、15時30分。病欠の連絡が入ったのは昨晩の20時頃、その場にいた俺は店長に「代わりに出られないか」とたずねられ断る理由も特になかったため、代理として今日は11時からシフト入りしていた。
こんな時間に帰るのは久しぶりだ。
俺は元々低血圧で、とにかく朝が苦手。11時となると遅くても8時には起きておかないと、この脳みそは使い物にならない。でも、出来ることなら長く眠りたい。だから俺は、なるべく昼間のシフトには入らないようにしていたのだ。
「柴田くん」
着替えを終え、タイムカードもちゃんときった。よし、と心の中で再確認する俺に背後から声がかかる。
「店長」
「今日はごめんね、ほんと助かったよ」
店長…安住さんが八の字の眉の眉尻をさらに下げて申し訳なさそうに小さく笑う。
「たまたま空いてたんで、気にしないでください」
助かった、という言葉で若干浮かれているのも事実。謝られるようなことではなかった。
「帰ったらゆっくり休んでね。 明日はシフト入ってたっけ?」
「いや、休みです」
「そっか、じゃあゆっくり疲れをとってまた次のシフトから宜しくね」
俺が年甲斐もなく元気にはい!と頷くと店長もまた優しく笑って頷いてくれた。
♢♢♢
陽射しが眩しい。
いや、実際は普通なのかもしれない。けど、昼夜逆転していた俺にとってはとてつもなく、そう、とてつもなく……まぶしくて仕方ない。
陽射しから逃げるように薄く目を細めては空を仰ぐ。澄み切った、どこまでも広がるその青は少しだけ気持ちがいい。
「これで、そよ風でも吹けば完璧なんだけどなあ」
ーなんて、意味のわからない要望を空に投げ入れた時だった。
「あれ?もしかして…柴田くん?」
今から店内へ入る所だったのかもしれない。出入口の前で立ち止まっている高宮さんが、俺に気づいて声をかけてくれた。
「よかった、合ってた。 オフの君に会うのはこれが初めてだったから」
「よく、分かりましたね。 いつも帽子も深く被ってるし」
先程まで自分が着用していた制服一式を思い出す。そして、はっと気がつく。あの帽子は、なかなかに曲者で被ろうものなら問答無用で寝癖のような癖を生み出してくる。
ちょっとだけ心配になって右手で軽く跳ねやすそうな箇所を小さく撫でるようにいじると、高宮さんはくすりと笑って頷いて見せた。
「わかるよ、柴田くんだからね」
どういう意味だろう。その疑問は口につく前に、高宮さんの言葉によって飲み込まれた。
「それにしても、今日は早いんだね」
「今日は代理で、早番だったんです。 そういう高宮さんは今日はもうお仕事おわりですか?」
俺がそうたずねると若干苦々しい表情を浮かべた後、小さくため息を吐いた。
「いや、これから昼飯とったらもうちょいあるかな。 ……柴田くんさ、これから暇?」
問いの答えに連結されたさらなる問いに、一瞬出遅れて黙ってしまった。
「……え? あ、まあ、あがりなので」
「だったらさ。 これからちょっと昼飯、付き合ってくんない」
「あ、は……」
はい、と頷きかけてふと自分の懐の軽さを思い出す。給料日前ということもあり、俺の財布の懐はもうすでにカツカツだった。
「……す、すみません……今俺手持ちが……」
申し訳なさと、残念さとできっと今俺の顔はさぞ不細工なことだろう。歯切れの悪い口調で俺が答えると、高宮さんはといえば一瞬両目を丸くして見つめてきた。そして、一言。
「何言ってんの」
「え?」
「そんなの当然、俺の奢りでしょ。 俺がナンパしたんだから」
開いた口が、塞がらない。ナンパって、あの、ナンパ?高宮さんが、俺を…?
「ーっナン、パ、ですか」
「そ、ナンパ。 じゃなきゃなに?」
くい、と、小さく首を横に傾けて薄く笑う高宮さんは何だかちょっと色っぽくて、どくりと鼓動が急加速するのを感じた。鼓膜を支配しつつある自分の心音から逃げるようにフイ、と視線を足元にそらす。
「……じゃあ、ナンパで」
「はは、ファミレスでもいい? 違うとこ探してもいいけど」
「全然、コンビニでも申し訳ないくらいで」
「コンビニ! あはは、いいね~コンビニ弁当うまいよね何気。 でも、今日はダメだ」
「なんで、ですか?」
なんで、そうたずねた俺をまっすぐに見つめてくる。それは、足元を見ていた俺でも、感じ取ることが出来て…まるで誘い出されるように、俺はゆっくりと顔を上げることで高宮さんの視線と自分の視線を交わらせた。
「記念すべき、柴田くんと外食できる日、だから。 さすがにコンビニはないわ」
なんて残酷な解答なんだろう。それじゃあ、まるで……。
「まるで、デートみたいな言い回しですね」
ほんの冗談のつもりだった。笑い飛ばして、適当に言葉を交わして、おわりだと思ったのに。
「デートだよ? 俺がナンパして、成功したから君とこれから外食デート」
「あ、はあ……」
まさかの肯定に思考回路が停止して、味気ない返答しかできない俺を殴ってやりたい。
俺は昔から、緊張したり恥ずかしくなったりすると途端に受け答えが淡白になり素っ気なくなることが多い。
治さなきゃと思っていても、それはなかなか難しい。
「柴田くんはさ、何が食べたい?」
高宮さんはそう言いながら小さく手招きをすると、彼の車があるのであろう方角へと歩き出した。俺は、それを追いかけるようにやや小走り気味についていく。
「な、なんでも…」
「…は、禁止。 好きなものとか、ない?」
一緒に食事をする、という事態そのものが今の俺にとってはまだ飲み込見きれないほど大事件だというのにあっさり却下されてしまった。
「好きなもの…えっと、卵料理が好き……です」
「へえ、卵かー俺も好きだよ」
高宮さんはそう言ってズボンのポケットから車のキーを取り出すと、ピ、とボタンを押してロックを解除する。
ガチャ、と解錠される音を確認すると視線で俺を助席へと誘導する。
俺はといえば、なんの意味もない彼の「好きだよ」という言葉に思考を乗っ取られていた。
あぁ、ダメだな。俺の悪い癖。少しでもいいな、好きだなと思った相手に優しくされると…………すぐ、惚れてしまう。
はっきりとはまだわからない。それでも、この感覚は多分…恋、かもしれない。あくまで、かもしれない、だけど。
「柴田くん?」
急に黙り込んだ俺に気付いた高宮さんが、ボンネットに手をついてこちらを伺ってくる。
「やっぱりナンパの車に乗るのは気が引けるかな?」
「え?! いや、あの、違くて……じゃなくて、違うんです…!」
「うん?」
「……ただ、緊張しちゃって……すみません」
理由のない謝罪が口をつく。これも、俺の癖かもしれない。
「いいよどんどん緊張して」
「へ」
「俺も、同じだから」
そう言って薄く目を細めて、悪戯めいた笑みを浮かべる高宮さんからは緊張してるだなんて微塵も感じられない。でも、そうであれば嬉しいなという願望もあって。
「それじゃあ行こうか。 洋食と和食ならどっちがいい?」
車に乗り込む彼に合わせて、俺も扉を躊躇いがちに開けると中へ乗り込む。もちろんシートベルトは忘れない。
「今は多分、和食の気分」
「オーケー、じゃあそれで行こう」
そう言ってまたひとつ笑を浮かべると、するりと綺麗な動作でハンドルへ手を伸ばす。
なんだかちょっと、冒険前のような胸の高鳴りが今はもう不安でも不快でもなくて。
ただただ、今のこの幸せな瞬間を噛み締めていたくて。
窓の外を流れる景色を横目で見つめながら、記念すべき日、っていうのはきっと、こういう日を言うのか、なんて、心の中で小さく呟いた。
ラストオーダーは深夜1時を回ったら 「青空外食デート」 完
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