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第7話「正体不明?」
○正体不明?
幸福亭を出て左折をする。そこから、2つ目の信号まで直進すると、右手に一軒のファミリーレストランが見えてくる。
この辺りは割と飲食店には困らない。そこから少し歩けば幸福亭とは別のラーメン屋があり、その先にはまた別のファミリーレストラン。
どこがいい?と聞くと、「そこの店、俺の家から近いんですよ」と少しずれた返答が助手席からは返ってくる。
2つ目の信号をそのまま右折し、駐車場へと乗り込んでふと俺は気づいた。
そういえばここ、洋食メインじゃなかったけ?
「いらっしゃいませ、2名様でしょうか?」
入店のチャイムによって駆けつけたウエイトレスが、丁寧な仕草で迎え入れてくれた。
けれど、それを上回る丁寧かつ落ち着いトーンで対応したのは先程まで俺の隣の助手席で始終窓の外を眺めていた、柴田くんだった。
「はい、2人です。 喫煙席と禁煙席、どちらが空いてますか?」
これには正直驚いた。勤務中の彼のことは知っていたし、あの丁寧な対応と愛嬌のある笑顔、そして、この落ち着いたトーンの声に俺は惚れたのだから。
けれど、まさか仕事以外でましてや客として振舞っている時でさえも彼は彼のままなのか、と本当に少しだけ…意外だった。
「高宮、さん」
じ、と無意識に観察していた俺に柴田くんがぎこちなく俺の名前を呼ぶ。
「ん?」
「喫煙席と禁煙席、空いてるって…どうしますか?」
そうか、今の問いは俺が喫煙者であっても対応できるようにという伏線だったのかもしれない。つくづく、気の回る子だな、と感心する。
実際年齢はわからないが、パッと見た感じ10代後半から20代前半と言った感じだ。だからこそ、余計に驚いている自分がいるのかもしれない。
「柴田くんは?」
「あ、俺は吸わないですけど抵抗はないです」
「そっか、じゃあ、禁煙席にしようか」
彼が思案した通り、俺は喫煙者だ。けれど、人前で吸うのはあまり好きじゃない。
「いいんですか?」
「なにが?」
「たまに、煙草の匂い…してたから」
鼻もいいのか。今日は色んな柴田くんを知ることになりそうだ、なんて考えながら俺は正直に彼に伝える。
「俺はね、あまり人前では吸わないんだ。 だから、禁煙席で大丈夫なんだよ」
俺が納得させるように、言い聞かせるような口ぶりで告げると彼はただ一言「そうなんですか」と頷いて小さく笑った。
ぐう、という鳴き声が向かい側に広がるメニューの向こうから聞こえた。
「……すみません…」
「あはは、なんで? 食べに来てるんだから、正しい反応だよ」
両手できゅっとメニューの両端を掴んだまま、柴田くんは顔を出してはくれない。恥ずかしがっているのか、その声は少しだけ…震えていた。
「ほら、遠慮せず好きなもの頼んで。 これでもおじさんはお金には困ってませんよ」
「お、おじさんってそんなに年変わらない、ですよね?」
「え?」
その言葉で、ふっと一つの疑問が浮かび上がる。でも、聞いてもいいのだろうか?
ちらりと視線だけを柴田くんに向けると、不思議そうな面持ちからなにかに気づいたのか次第に真っ青になっていく。そう、俺達は店員と常連客ということ以外お互い何も知らないのだ。不躾なことを聞いた、とでも思ったのかもしれない。
ひょっとすると、彼は考えすぎるところがある?心配性、というやつか。
またひとつ、彼の情報に出会えたことに内心満足すれば、彼がこれ以上青ざめないよう…失礼のないように言葉を続けた。
「答えなくても全然大丈夫なんだけど、ひとつ聞いてもいいかな?」
「は、はい!」
「柴田くんってさ、今、いくつ?」
「え? あ、25…です」
驚いた。俺と、3つしか変わらない。
けれど、同時に彼の振る舞いや接客対応に関する違和感は払拭された。
「驚いたな、学生だと思ってた」
「うっ…よく、言われます。 俺、未だに身分証見せないとお酒売って貰えないんです」
悔しそうにぼやく彼には失礼だが、『お酒』と聞いた俺は「今度は、一緒に飲んでみるのも楽しいかもしれない」なんてことを考えていて。
「童顔ってやつか」
「ま、また俺だけになってますよ…! た、高宮さんにも同じこと…聞きたいです」
そう言う柴田くんが、なんだか不貞腐れた子供のようで可愛くて、思わず小さく吹き出してしまう。
「ふ、あはは…っ 俺は、28だよ。 ご明察通り、年、近かったんだね」
「でも、俺の顔は置いておいても…高宮さんは大人っぽいですよね」
まぁ、大人なんですけどね。という言葉は飲み込んでおくことにした。
柴田くんが、あまりに幸せそうに笑うから。一体何がそんなに嬉しかったのだろう。君の考えていることが、些細な事が、気になって仕方がない。
「他になにか、聞きたいことはある?」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
デートだからね。そう言うと、柴田くんは思い出したように耳まで真っ赤に染めて俯いてしまった。
「あの、高宮さんってどんなお仕事されてるんですか?」
「仕事?うーん、プログラマー…かな?」
「かな?って、曖昧な…」
どこか残念そうに苦い笑みを浮かべる柴田くんがなんだか可愛くて、小さく笑ってしまった。
「そんなに、気になる? 俺のこと」
ゆるく頬杖をついて俺がそうたずねると、柴田くんはピクリと身じろいだ後固まってしまう。
「や、えっと…! いつも、遅い時間にいらっしゃるから…お仕事なら、体とか大丈夫なのかなって思ったり、してて…」
必死に言い訳を探す柴田くんは、果たして気づいているのだろうか。
それは遠回しに『気になっている』と言っていることとほぼ同義だということに。…いや、気付かず意識せずでこういうことを言うから、彼なのかもしれない。
そんな彼だから、惹かれている俺がいるのかもしれない。そんな風に思えた。
「さ、なぞなぞも程々にしてメニューを決めようか」
「あ、はい!」
「正体不明?」 完
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