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第8話「レイニーデイ」
〇レイニーデイ
さああ…と鼓膜をなでるような雨音に耳を澄ませる。
俺は昔から、この音が好きだった。一種のヒーリングサウンドにも近しいそれは、鬱々とした雰囲気と共に俺に癒しを与えてくれる。
ぴりりり、と初期設定のままの通話着信音がワイシャツの右胸のポケットに入ったスマートフォンから鳴り響く。急ぐ素振りもせずそれを取り上げ画面を見れば、ピッというプッシュ音と共に通話に出ることにした。
「はい、高宮」
『あ、もしもし? お疲れ様です、白河です~』
低くもなく高くもない、けれど決して耳障りではないその声の持ち主は俺の部下であり幼馴染の白河涼太だった。
「どうした?」
『悪いんだけど、今日の会議スケジュール少しずらしてもいいっすか?』
「遅れる分には構わないけど」
それから数分業務的なやりとりを交わすと、不意に白河は少し茶化すようなトーンで言葉を放つ。
『…で?今日もまた愛しのゆーくんのところですかあ?』
気持ち悪いほどに、ニヤついてるであろう相手が安易に想像することができて気持ち悪い。
こいつ、白河は昔からこういうやつだった。
「今日はあそこじゃない。カフェに居る、ほら駅前の」
『あー! んじゃあ、結構佳境だったか?仕事 悪い、邪魔したな』
けれど、嫌いじゃない。こいつのこういう、公私を分けるところも昔からで俺が気に入っている部分でもあるからだ。
「構わないよ。 で、用事はそれだけか?」
『あのさあ、今度ゆーの例の店連れてってよ。 お気に入りの店員がいるって聞いたけど』
「…多分、お前が想像しているのとは違うと思うけどな」
なんだよそれ、と中高生のようなややキーの高い笑い声を漏らすと少ししていつもの仕事用のトーンに戻る。
『それじゃあ、会議の時間と場所はメールします』
「わかった」
そこで、白河との通話は終了した。
ふと、窓の外へ視線を向ける。
外では今も変わらず、しとしととまばらな雨粒が地面を濡らしていた。
「…ん?」
少し、目を凝らしてみる。窓を隔てたすぐ目の前。
チェックのフード付きコートを着た人物に意識が向かう。フードにはグレーがかったファーがついているが、雨粒で少し濡れてしまっている。…そしてその後ろ姿は、とても見覚えがあった。
その人物は傘を忘れてしまったのだろうか、背中に茶色のリュックを背負ってるくらいで手元に傘は見当たらない。
目の前の人物が、彼だとは限らない。それでも、この鬱々とした日の気晴らしには悪くないと思った。
だから俺は、デスクの際には必ずかけている黒縁のメガネを外すと折りたたんでノートパソコンの上に置き右手を軽くにぎりしめ拳にするとコンコン、と窓ガラスをノックしてみる。
すると、それに気がついたガラス越しの人物は小さく首をかしげたあとこちらをゆっくりと不思議そうに振り返った。
あぁ、やっぱり雨は嫌いになれそうもない。
「高宮さん」と言ったのであろうその口元を確認すると、驚きを隠せずにいる彼…柴田くんへ向けて小さく手招きをする。
14時30分、仕事の合間の息抜きにはこれ以上にないティータイムを迎えられそうだ。
君は一体、どんなものを好むのか…小走りでこちらへ向かってくる君を待ちながら考えてみることにしようか。
第8話 「レイニーデイ」 完
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