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第9話 運命の人1

夢を見ていた。 小学生の翔太が、ホウセンカを育てている。彼のホウセンカは掌より大きな赤い花を咲かせ、とても立派な種を実らせる。間もなく種がもぞもぞと弾ける準備を始めた。 ドクン、と種が弾け飛ぶ瞬間に目が覚めた。 翔太が城に来て一ヶ月が経った。キノの治療も実らず、体調は良くなるどころか悪くなる一方である。寝たきりに近い身体でも、毎日アデルが見舞ってくれるため、心細くはなかった。 とにかく身体が怠く、頭痛、腹痛がある。 アデルに国を案内してもらう約束は果たされぬままだ。 憂鬱な気持ちのまま朝を迎えると、城内がいつもと違って慌ただしい雰囲気に包まれていた。 「婚約の儀って聞いた。誰と誰が?キノは知ってるんだろ?」 朝の診察で、翔太が食いつくように質問をしてきたため、キノは心の中で舌打ちした。 極力気付かないよう、細心の注意を図ったのに、医務室の誰かが口を滑らせたらしい。 事実を知ってもいいことがない。医師として患者の精神衛生は管理しなければならなかった。 「………さあ、誰かなあ……」 「惚けんな。アデルと誰かって聞いてんだ」 情緒不安定な患者は、手元にあった水差しを医師に投げつける。 「君は懐妊したお嬢さんみたいだな。とにかく落ち着いて、深呼吸してご覧」 上下で荒く息をしている翔太の肩を抱こうしたら、強い力で振り払われる。 翔太は怒りに満ちた瞳でキノを睨んだ。 「嘘つきは一番嫌いだ」 「分かったよ…………アデル様には、許嫁がいて、今夜は晩餐会がある。明日、正式に婚約の儀が行われる予定だ。お相手は隣国のお后の遠縁にあたる方で、由緒正しい家柄の娘さんだ」 「この国は、血筋や身分は関係ないって。好きになれば誰でもいいんじゃないのかよ」 確かに、庶民は皆、自由に恋愛し、子供を作っている。男女の性別はあるものの、自分の性は自分で選んでいる。これは翔太から言わせると、『真逆の考え方』『目からウロコ』らしい。一番は、誰もが他人の性やマイノリティを批判しないこと。清々しいくらいに個々が尊重されている。 「王族は国を守っていかねばならない。然るべき相手と子を成すのが、彼らの運命だ。王族に生まれたからには、避けて通れない道だ」 「そんなの……聞いてない」 アデルは婚約者のことを翔太に言わないだろう。王族の慣習を忌々しく思っているのは、アデル本人だからだ。王から、期限付きで自由にさせてもらっているのは知っていた。 今後、翔太とは親友として接していくのだろう。医務室で、仲睦まじく会話していた二人を思い出し、キノは胸が苦しくなった。 「ちょっと散歩してくる」 「しんどくなったら、すぐ帰ってくるんだよ」 「うるせー、クソ医者っ」 キノの忠告に怒りを隠さず、翔太は医務室を出ていった。

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