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第10話運命の人2

昨日会った時、アデルは何も言ってなかった。いつものように彼の話を聞き、冗談を言い笑った。 正式に婚約するなんて、そんな大事なことを、どうして俺に言ってくれなかったのだろう。 翔太は少ない人生経験を総動員して憶測する。 アデルはきっと、俺のことを他所から来た厄介者だと思っている。適当にあしらおうとしているのが見え見えだ。仲良くなったと喜んでいたのは自分だけだった。 導き出した答えに、翔太は愕然とする。 (所詮、異世界の俺は、無関係で赤の他人なんだ) 溢れる涙を拭きながら、廊下を闊歩した。 他人を馬鹿みたいに信じることは格好悪いと、結城さんに教えて貰ったじゃないか。 優しさに慣れすぎて、自らの運命は自分で切り開くことを忘れていた。 翔太は青い花の絵の前で足を止めた。吸い込まれそうに透き通った深い青は、沢山の花弁を咲かせている。 「ショータじゃないか。寝ていなくていいのか?」 「リズ爺……じゃん」 「追加の薬草があってな。明日はアデル様の婚約の儀か。どうりで騒がしいと思った」 婚約の儀は、リズ爺でも知っていた。 「リズ爺……俺さ、リズ爺の家がある山奥へ帰るよ。病気も全然治らないし、いいことない。もう疲れた」 「何かあったのか……?」 野暮な質問をしたと、リズ爺は思った。 キノから大体のことは聞いていた。おそらく、翔太はアデルが好きだろうと。翔太の様子から推測すると、婚約者の存在は初耳だったらしく、自暴自棄になっている。 アデルも人が悪い。優しさと好意を分けて考えることができるほど、翔太は大人ではない。 「なあ、爺さん。前に言ってた元の世界に帰る方法を試したくなった」 「え……」 「俺、戻ろうかな。悪い病気は向こうへ戻ってから治してもらうわ」 翔太がリズ爺の家にいた頃、冗談で話したことがあった。冗談というのは、信憑性が低く、試したことが無いからだ。 リズ爺が子供の頃に聞いた、大爺さんの言い伝えであった。 『満月の夜、あやしの森の奥深くで咲く青い花を見た者は、願った世界へ行くことが出来る。魔法の扉が開くのだ』 そう翔太へ教えたことはある。あくまでも冗談で。 「ワシの大爺さんが大昔に言っていただけだ。実際のところ、夜にあやしの森へ行くのは自殺行為だ。野獣に食べられてしまう。だから、やめておけ」 「分かってる」 「言い伝えだからな。絶対に行ってはならない」 「……だから、分かってるって。リズ爺はしつこい」 考える素振りを見せた後、翔太は笑った。

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