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第12話運命の人4

アデルの婚約者ローズはそれはそれは可憐で、籠の中で育ったようなお姫様だった。垂れた耳にふんわりとした白い毛は、名前の通り初夏に咲くバラを連想させる。 退屈な来賓への挨拶も嫌な顔一つせず、アデルの側で受け答えをした。王子を立てるようしっかりと教育されている。 もし、クロードのことが公になれば、ローズとの結婚は破談になるだろう。 涙ぐむ彼女を想像して、アデルの心が痛んだ。だが、自分と結婚しても幸せにしてやることができない。それなりに大切にしても、心から愛することはないだろう。 (何故なら、俺の心には……) 晩餐会の中盤に差し掛かったあたりで、朝から翔太に会っていないことに初めて気が付いた。 生意気なヒヨコ頭を見ていないのだ。 何故だか胸騒ぎがする。ローズに一言断りを入れ、手洗いのふりをして会場を抜け出した。 「アデル様、どこに行かれますか。今ここを離れるのは困ります!!」 慌てたコニスに止められた。 「キノはいるか」 「は?キノですか」 「ショータはどこだ。朝から会ってないんだ」 「二人とも医務室だと思われますが。それにクロード様がいつ動くか分かりません。待機していただかないと……」 「すぐ戻る。動きがあったらすぐ教えてくれ」 「アデル様っ!!」 言うより先に、足が進んでいた。 朝から忙しく、顔を見に行くことができなかった。婚約の儀について説明もしていない。翔太に伝えるべきか、アデルは大いに悩んだ。 だが、兄クロードのこともある。誰かの耳に流れることを恐れて、伝えることを控えた。 廊下の突き当たりに医務室がある。 医務室の前にはキノが立っており、溜息を交じりにアデルを見据えた。 「やっと来ましたか、アデル様。ご婚約のことで、ショータはとても荒れていました。何も知らされてないと大層ご立腹でしたよ」 「ショータは寝てるのか」 「いいえ、リズ爺と共に帰りました。もうここには居ません」 「帰った?何故帰したんだ」 キノの眉がピクっと上がる。 「ショータは地位も身分もなく、異世界から来た余所者です。私は、帰りたいと願う彼を止められなかった。彼は私を必要としていないし、私の忠告に耳を貸しませんでした」 「…………」 キノは更に続ける。例え回り道をしても、翔太には幸せになってもらいたい、その思いが強かった。 「然るべき方が然るべき時に、迎えに行ってはいかがですか。婚約より大切なものがあると私は思います。決して平坦な道ではないですが、王族に生まれた貴方なら分かるのではないでしょうか。ショータは貴方を必要としています。彼を独りにしないでほしい」 「キノ……」 「すみません…………王医が出過ぎた真似をしました。王族を蔑ろにして欲しい訳ではありません。全ては国の為、心中をお察しします。大変失礼しました」 深く詫びを入れるキノに、アデルは冷水を被ったような気分になる。 言葉にして初めて、現実が目の前に突き付けられた。 アデルが全てを捨てショータの元へ走ったら、どうなるだろうか。父上は、ローズは、国王としての立場はどうなる。 (どうなるかではない。俺がどうしたいかだ) アデルは、邪魔だった儀式用の王冠を脱ぎ、静かに床へ置いた。飾りの剣と腰巻を一緒にまとめる。その他の余計な装飾も全て外した。立っているのは、ただの獅子である獣人になった。 「ここで俺を見たことは他言しないでほしい」 キノが驚いた顔でアデルを見上げる。 「まさか。今から行かれますか」 「ああ。大切なものは捕まえておきたい主義でな。一刻も早く行かないと逃げてしまう」 「どうかお気をつけて。ご武運をお祈りしております」 抜け道を通ればすぐ城の外に出ることができる。 アデルが画策していると、城の廊下でコニスの叫び声が響き渡った。

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