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第49話 新しい生活
成瀬家の離れで、僕は蒼一朗と暮らし始めた。
この部屋は屋敷の端にあって二間続きになっている。小さいながらも、台所とトイレ、お風呂、洗面所と全て揃っていた。
最初の頃は、蒼一朗が母屋から食事を運んで来てくれてたんだけど、本格的に二人でこの部屋で暮らすとなってから、彼がご飯を作ってくれるようになった。
蒼一朗はこの年に大学を出たばかりで、大学の頃から一人暮らしをしていたアパートから、僕の為にこの部屋に移ってきてくれた。
僕をいない者と思ってるからか、お祖父さんは蒼一朗が僕と住むことに関心がないみたいだった。
僕は夜に度々怖い夢を見て泣いてしまった。その為、蒼一朗は僕の隣に布団を並べ、僕が泣き出すといつもそっと抱き寄せて、優しく頭や背中を撫でてくれた。
そしてこの部屋には誰も近付かないから、ここは静かで穏やかな唯一落ち着ける場所になった。
父さんと母さんがいなくなってから一ヶ月が経った。
九月いっぱいは蒼一朗と二人だけで過ごして、十月から新しい学校へ通い始めた。
前の学校のように友達と遊ぶことも無く、ただ家と学校を往復するだけの毎日だ。
最初は話しかけてくる子も何人かいたけど、僕があまり反応しないから、そのうち誰も話しかけて来なくなった。
もう、前のように友達を作ったり話す気にはなれない。
だって僕はみんなと違うんだから。
だから誰とも関わらず一人でいる方が落ち着いていられた。
僕には蒼一朗だけがいてくれればいい。
学校が休みの日は、いつも蒼一朗がどこかへ出掛けようか、と聞いてきた。だけど、僕はどこにも行きたくなくて、ずっと離れに籠って本を読んだり勉強ばかりしていた。
クリスマスが来て、もう誕生日なんてどうでもいい、と思ってたのに、蒼一朗が「今日は絶対おまえの行きたい所に連れていく」と言って、強引に僕を部屋から連れ出した。
彼は車を用意していて、僕を助手席に押し込んでシートベルトを締めた。仕方がないので、僕は小さく海に行きたいと呟くと、蒼一朗がよし!と言って、満面の笑顔で僕の頭を撫でた。
冬の海はもの凄く寒くて少し寂しく感じる。
砂浜を二人で歩いた。風がとても冷たくてマフラーを口元まで上げる。息を吸い込むと鼻の奥がツンとした。僕が寒くて震えてると、蒼一朗が砂浜に座って胡座をかいた上に僕を座らせた。そして僕の後ろから包み込むように腕を回して、僕の頰に自分の頰を寄せてきた。
「こうしてたら寒くないだろ?」
そう言って笑う蒼一朗の腕の中は、本当に暖かくて安心する。
しばらく黙って二人で海を眺めていた。
波の音を聞いていると、三人で遊んだ光景が浮かんでくるようで、僕は知らないうちに涙を流していた。
蒼一朗は僕を包む腕に力を入れて、より強く抱きしめた。そしてあの言葉を言ってくれたんだ。
「燈、生まれてきてくれて、ありがとう…」
ここから毎年、僕の誕生日にはこの海に来て、二人で海を眺めるようになった。
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