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第51話 暗雲
僕はおずおずと部屋へ入ってその場で立ち尽くす。
「扉を閉めてこちらへ来なさい」
男の人がそう言って自分の隣を指し示した。
僕は、扉を閉めて男の人の隣に敷いてあった座布団に近付く。
綺麗にアイロンのかかったシャツにグレーのスラックスを履いた彼は、祖父よりはかなり若く見えるけど、父さん程若くもなかった。
部屋には床の間に花が飾ってあって、木目が浮いて綺麗に磨かれた座卓と、座布団が二つ置いてあるだけだった。
その座布団に並んで座る。
僕は一人でここにいる事が不安になって、男の人に聞いてみた。
「そ…会長はどうしたんですか…?」
「成瀬会長は来ないよ。君と私の二人だけだ」
彼が僕の肩に手を置いた瞬間、背中にぞくりと悪寒が走った。
「お腹が空いてないかな?ケーキを買ってきてるから食べなさい」
そう言って部屋を出て行き、暫くしてお盆にケーキと紅茶が入ったコップを載せて戻って来た。
「ケーキが甘いから紅茶にしたんだけど、ジュースが良かったかな?」
「…いえ、大丈夫です」
僕は、お腹は空いてなかったんだけど、どうしたらいいのかわからなかったから、ケーキを少し口に運んで紅茶を飲んだ。
そんな僕を見て笑みを浮かべながら、彼が話し始めた。
「私は幾つか会社を持っていてね、成瀬会長ともよく取引をさせてもらっている。今日は特別接待だからと、この家で待つように言われたんだよ。そうしたら、君のような可愛い子を連れて来てくれた。」
僕の頰を撫でて口の端を上げる。
「会長の遠縁の子だと聞いたけど…本当に可愛いね…。私の好みをよく調べている」
そう言うと、僕の肩を抱いて自分の胸に引き寄せた。
僕は、何を言われて何が起こってるのか判らなくて、ただただ怖いと思った。
彼の胸を押そうとするのだけど、さっきから身体が熱く頭がぼんやりとして、腕に力が入らない。
それでも何とか力を入れて彼の胸を押しながら「離して…」と呟いた。
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