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第66話 変化
年が明けると、蒼一朗は仕事が忙しいのか帰りが遅くなり、たまに帰って来ない日もあった。
僕は寂しかったけど、もうすぐ離れるのだからちょうどいいかもしれない、と布団に潜って暗闇を見つめながら思った。
受験のシーズンになり、僕は祖父が指定してきた高校に合格した。大丈夫だとは思っていたけど、すごく安堵したのを覚えている。
そして中学校の卒業式の日に、僕は成瀬の屋敷を出た。
卒業式が終わって学校から帰ると、荷物を鞄一つにまとめた。
僕が中学になった時に、蒼一朗から両親が僕名義で貯めておいてくれた通帳を渡されていた。その通帳を鞄に入れ、僕は白のセーターと薄茶色のチノパンに着替え、紺のダッフルコートを羽織った。
僕は部屋をぐるりと見渡す。壁に掛かっている蒼一朗の青いマフラーを手に取ると、僕の首にふわりと巻いた。
蒼の匂いがする…。これくらい、貰っていってもいいよね……。
蒼一朗が仕事に行ってる間に部屋を出ようと思っていた。僕は、一つ大きく深呼吸をして鞄を持つと、部屋を後にした。
最後だから、祖父がいるなら挨拶をして行こうと思い、母屋へと足を向けた。途中で何度か見た事のある祖父の部下の人に会って、会長はいるのかと尋ねると、祖父のいる部屋に案内してくれた。
案内されたのは、和室ばかりの屋敷には珍しい洋室で、仕事で使用する部屋のようだった。部下の人がドアをノックして入って行く。外で少し待っていると、再びドアが開いて中へ入るように言われた。僕は入り口で足を止める。
「今から出て行きます。長い間、お世話になりました」
そう言って、深く頭を下げた。
ゆっくり顔を上げると、祖父はこちらに目も向けずに「早く行け」と言った。もう会う事もないかもしれない、と祖父を見つめ、もう一度頭を下げてから、僕は部屋を離れた。
マンションまでは祖父の部下の人が車で送ってくれた。マンションの前で降りて、カードを渡される。
「これは部屋の鍵です。玄関ドアに付いてるボタンを押して、かざせば開きます。部屋は十階の1005号室です。マンション入り口の暗証番号は○○○○です」
それだけ言うと、車に乗り込んで帰って行った。
僕はマンションを見上げる。そんなに大きくはないけど、まだ新しいらしく綺麗な建物だった。
暗証番号を打ち込んでエントランスに入り、エレベーターで十階まで昇る。教えられた部屋は、エレベーターから一番離れた奥にあった。
部屋の前まで来て、言われた通りにカードキーをかざすと、ピッと音がして鍵が開き、中に入ってドアが閉まると自動で鍵がかかった。
玄関から長い廊下が伸びて、奥から明るい光が入ってきているガラス窓を嵌め込んだドアが見えた。廊下の両側にも何個かドアがあった。僕は真っ直ぐ進み、光が入るドアを開ける。そこは明るい陽射しが入るリビングとキッチン、隣に和室が一つあった。
僕はフローリングの床に荷物を置いて、座り込む。そのまま、ゆっくり身体を倒して、うつ伏せに寝転んだ。
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