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第67話 そして…

春にはまだ早い時期で、部屋の中は少し肌寒い。僕が頰をつけてる床も、ひんやりとして冷たかった。 ーー僕一人にここは広すぎ…。 なんだか可笑しくなって、くすっと笑いを漏らす。 ーー今度こそ、本当に一人になったんだ。父さん母さんが死んだ時、蒼が傍にいてくれたから、僕は一人にはならなかった。…けど、今は蒼もいない……。 フローリングの床に触れてる所から、体温が徐々に奪われていくように感じる。 ーーもう、誰もいない。この先、誰が僕を必要とするだろう…。そんな人もいないのに、僕が生きてる意味なんてあるのかな……。 手と足の先が冷えて痺れてくる。 ーー父さんと母さんに会いたい。遅くなっちゃったけど、もう二人の所に行ってもいいよね…。 このまま身体の芯まで冷えて、動かなくなればいいのに、と思いながら目を瞑る。 その時、玄関の鍵が開く電子音がして、ガチャリとドアが開いた。 こんな所に誰が来るのかと、上半身をのろのろと起こして、ドアが開いたままのリビングの入り口を見つめる。 足音が近付いて、そこに現れたのはーー。 紺のセーターにジーンズ、黒のトレンチコートを着て、大きなスーツケースと大きなボストンバッグを持った、蒼一朗だった。 「…な、んで?」 僕の目に涙が滲んで視界がぼやける。 「なんで…なんで…っ」 目尻から涙がぽろりと落ちて、唇が震え出す。 「なんでっ!なんで来るのっ?」 涙が次から次へと僕の頰を流れ落ちていく。 「やっと!やっと一人になれたのに…っ!もう、僕の事ほうっておいてよっ。僕から離れてよっ!」 蒼一朗が、荷物を置いて僕に近付いて来た。 「蒼のばかっ!もう僕の傍にいなくていいんだよっ!なのになんで⁉︎」 僕はしゃくり上げながら叫ぶ。 蒼一朗が僕の前で膝をつき、腕を伸ばして僕を包み込んだ。 「燈…」 「蒼のばかっ。ばか…っ。もうほうっておいてよっ!」 蒼一朗の胸を力の入らない手で叩く。 「燈…俺は言ったはずだ。ずっと傍にいるって。おまえが必要だって。これからもずっとだ。ずっと傍にいる。俺は…おまえを絶対に離してやらない…っ」 僕はわあわあと声を上げて、思いっきり泣いた。だって本当は、蒼一朗と離れるのが寂しかったから。辛かったから。 そんな僕を、蒼一朗は壊れるんじゃないかと思うくらい、強く強く抱きしめてくれた。 長い時間大きな声で泣き続けたから、僕は疲れてしまって、うとうととし出した。 蒼一朗は、僕の顔を覗き込んで頭を撫でると、一旦、僕から離れた。そしてスーツケースを開けて、中から毛布を引っ張り出して戻って来た。 蒼一朗はもう一度、僕をしっかり胸に抱いて、二人で一枚の毛布に包まった。もう暗くなってきて、暖房器具のない部屋は寒いはずなのに、蒼一朗の胸の中はとても暖かかった。僕は、彼の大好きな匂いに包まれて、すぐに眠ってしまった。

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