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第69話 夢から醒めて
僕は蒼一朗に背中を支えてもらって身体を起こした。背中に枕を当てて、座らせてもらう。
そして、もう一度ゆっくりと部屋を見た。
「ここは病院だよ。燈は二日間、眠ってたんだ」
蒼一朗が、僕の顔へ手を伸ばしながら教えてくれた。僕の頰を指の背で撫でる。
「その花は燈にかな?貸して。花瓶に入れ替えて来るよ」
蒼一朗がそう言って、大輝に手を伸ばした。
「あ、はいそうです。じゃあお願いします」
蒼一朗は、大輝から花を受け取ると、まだ綺麗な花が入った花瓶を持って、部屋から出て行った。
大輝が、蒼一朗が出て行ったドアをじっと見つめている。
「どうしたの?」
そろそろ手を離して欲しくてそっと手を引くけど、更にきつく握ってくる。
大輝は顔をこちらに戻すと、複雑な表情を見せた。
「なんか…巽さん、て燈にすごく甘いというか…。燈と俺を見る時の目が全然違うし…。さっきも……」
そこまで言うと、急に口を噤む。
「さっき…?」
「あっ、いやっ、何でもない…っ。あ、そうだっ。巽さんもすごく心配してたんだよ?澤村先生に殴り掛かろうとしてたし…」
「澤村…先生…」
そうだ、先生はどうしたんだろう。母さんの時と同じように、僕がした事も自分が原因だと思ってないかな…。
ただ僕の心が弱かっただけなのに……。
「俺も先生を殴りたい。俺…先生が巽さんに話してるのを聞いたんだ…」
大輝が目を伏せる。
「聞いたって…僕が先生と寝てたこと?」
ばっと顔を上げて、大輝が大きな声を出した。
「違うっ!燈は…燈は先生に無理矢理されたんだろ?先生が薬を飲ませた、って言ってた。それと、脅して保健室に来るように言ったって…っ。俺はっ、傍にいたのに気付いてやれなかった…っ。ごめん……。でも…燈も言い辛いのは分かるけど、俺に相談してくれよっ、俺は燈の力になりたいんだからっ」
大輝は握っていた手を離すと「ちょっと…顔を洗ってくる…っ」と言って、慌てて部屋を出て行った。
僕の傍から離れる時に、ちらりと見えた大輝の目が、赤く濡れてるように見えた。
大輝…泣いてた?どうして?
僕は、大輝に握られて少し赤くなった手を見つめる。
それと…先生に抱かれてた僕のこと、嫌じゃないのかな…。
なんで言わないんだと怒り出した大輝の顔を思うと、少しだけ、鼻の奥がつん、とした気がした。
大輝と入れ替わりに蒼一朗が戻って来た。僕に花の名前はわからないけど、赤とかピンクとか白の可愛らしい花ばかり花瓶に入っている。花なんて、じっくりと見た事はなかったけど、こうやって見てると不思議と落ち着く感じがした。
「燈。傷は痛くない?先生に目が覚めた事を伝えてきたよ。もうすぐ見に来てくれるだろう。傷はそこまで深くなかったから、大丈夫なら今日明日にも退院出来ると思う。どうする?」
また、僕の頰を撫でながら、蒼一朗が聞いてきた。
「早く帰れるなら、今日帰りたい…」
それを聞いた蒼一朗が目を細める。
「俺も、早く連れて帰りたい」
そう言って僕の後頭部に手を回すと、そっと引き寄せて深く唇を合わせた。
誰か来ちゃう、と驚いて逃げる僕の舌を捕まえて、じゅっと強く吸い上げる。
「んぅっ、んっ、ん…っ」
何度も舌を擦り合わせて、唾液を僕の口の中に送り込んでくる。
部屋の外から足音が聞こえてきて、やっと僕は解放された。口の中に溜まった唾液を飲み込むけど、飲み切れなかった分が口の端から垂れる。それを蒼一朗がぺろりと舐めた。
肩を上下させて荒い息を吐く僕の目に、蒼一朗が少し苛立ってるように見える。
「蒼…どうし…」
途中まで言いかけた時に扉がノックされて、医者らしき人が入って来た。
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