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第76話 所有印
蒼一朗が僕の頭を撫で「ちょっと待ってろ」と部屋から出て行った。少しすると、今度は玄関のインターフォンが鳴る。蒼一朗が玄関へ行き、ドアを開けて何か話す声が聞こえたと思ったら、二人の足音が僕の部屋に近付いて来た。
「燈、蓮本くんが来てくれたよ」
蒼一朗が言いながらドアを開ける。蒼一朗の隣から大輝が顔を覗かせた。
僕は少し気まずくなって下を向く。
昨日、大輝に告白されて嬉しく思ったのに、その後、蒼一朗に激しく抱かれて幸せを感じた僕を、見られたくなかった。
そんな僕の気持ちなんて知らないから、大輝がベッドのそばに寄って来る。
「俺、心配で気になって来ちゃったんだけど…燈、熱が出たんだって?起きてて大丈夫?」
そう言って僕の手を握ってきた。僕はぴくりと肩を揺らして大輝に顔を向ける。
「顔も赤いし手も熱いよ?すぐに帰るから寝てなよ」
「大丈夫…。熱も下がったから…」
「ほんとに?」
大輝と僕のやり取りを見ていた蒼一朗が、「リビングにいるから用事があったら言って」と、ドアを閉めた。
「前に来た時に持って来たシュークリームの店で、今度はプリンを買って来たんだ。後で食べる?」
大輝が、店の名前が印刷された箱を掲げてみせる。あのシュークリームが美味しかった事を思い出して、「今、食べたい…」と箱を見て答えた。
「わかった!」と大輝が嬉しそうに、箱からプリンとプラスチックのスプーンを取り出す。プリンの蓋を開けてスプーンを袋から出すと、プリンを掬って僕の口の前に差し出した。
「え?」
「だって燈、まだしんどそうだし…病人だし…。それに俺が食べさせたい……駄目?」
大輝の僕を窺う寂しそうな目に、駄目だとは言えなくて、仕方なく「いいよ…」と返事をした。大輝が満面の笑みを浮かべ、「はい、あーん」と言って僕の唇にスプーンを付けてくる。
小さく口を開けると、そっとスプーンが入れられた。プリンは卵の味が濃く、甘さも控え目でとても美味しい。
「美味しい…」
僕が呟くと「良かった」と言って、またスプーンを差し出してきた。僕はいちいち抵抗するのも面倒臭さくなって、素直に口を開けた。
半分くらい食べたところで、スプーンが僕の唇に当たり、プリンがTシャツの襟の辺りに落ちた。
「あっ、ごめん!」
大輝がプリンの容器をベッドの横の机の上に置いて、あたふたと慌てる。その様子が可笑しくて、僕は少し笑いながら、
「大丈夫だよ、そこのティッシュ取って」
と言って、机の上に置いてあったティッシュの箱を取ってもらう。ティッシュを数枚手に取って、Tシャツの襟の所に付いたプリンを拭った。服の中にも入ってしまっていて、僕はTシャツの襟ぐりをぐいっと引っ張ると、胸の辺りに付いたプリンをティッシュで拭き取った。
僕が拭くのをじっと見ていた大輝が、突然「えっ」と声を出した気がして、「どうしたの?」と聞いてみる。
「え?あっ、いや、なんでもない…」
僕から目を逸らして小さな声で答えた。
あんなに元気だったのに急に落ち込んだ様子の大輝に、僕は不安になって彼の顔を覗き込んだ。
大輝は、僕を見ると笑顔を作って「あ、プリン食べる?」と食べかけのプリンを持って聞いてきたから、「ありがとう…でも、もうお腹いっぱい…」と答えた。
「そっか。じゃあ、また後で食べて」
そう言って、蓋をして箱に閉まった。
「あんまり長くいると燈が疲れるだろうし、今日は帰るわ。また来るな」
大輝がもう一度僕の手を強く握ると、プリンの箱を持って部屋を出て行った。
リビングから、蒼一朗と大輝の話す声が、微かに聞こえてくる。蒼一朗の静かな声に対し、大輝は何か怒っている風だった。
何を話してるんだろう……。
僕は気になったけど、疲れたからかまた眠くなってきて、ベッドに身体を横たえると、そっと目を閉じた。
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