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第78話 花火とキス

夏休みに、大輝の家の近くの河川敷で花火大会があるから見に行こう、と誘われた。 花火大会なんて、昔に両親と見に行って以来、一度も行っていない。 「人混みは苦手だから」と断ったけど、大輝が「誰も来ない穴場がある」と言って譲らなかったから、「ちょっとだけだよ」と念押しをして、見に行く約束をした。 花火大会当日、僕は浴衣を持っていないから、白のTシャツに七分袖の細身のパーカー、クロップドパンツ、スニーカーという恰好で、待ち合わせの駅に向かった。 待ち合わせ場所にすでに来ていた大輝も、紺のTシャツにアンクルパンツ、スニーカーというラフな恰好だった。 大輝に連れて行かれた場所は、小高い丘のような所で、「花火が少し小さく見えるから人が来ないんだ」と言っていた。 ここに来る前に屋台で買った、たこ焼きとフランクフルトを、大輝が持ってきたビニールシートの上に座って食べる。食べてる間に周りが暗くなってきて、ペットボトルのお茶を飲んでいると、どん!と大きな音が響いてきた。 音が聞こえた方を見ると、次々といろんな花火が上がっていく。父さん母さんと一緒に見た時のように綺麗で、大きな音が僕の胸を震わせる。 高く上がってキラキラと光り、大きな音を響かせる花火を眺めていると、あの幸せだった頃を思い出してしまい、僕は知らないうちに涙を流していた。僕に話しかけようと振り向いた大輝が驚いて、「どうしたの⁉︎」と聞いてきた。 僕は大丈夫だと答えたかったけど、口を開けても言葉が出て来なくて、後から後から涙が溢れてくる。大輝が僕の頭をそっと自分の肩に押し付けて、黙って僕の背中を撫で続けてくれた。 結局、花火が終わるまで、僕の涙は止まらなかった。 花火の音が止み、辺りが静かになる。ようやく涙が止まり、僕は顔を上げて大輝を見た。大輝も僕を見ていた。二人の視線が絡まり、ゆっくりと大輝の顔が近付いて唇を合わせる。一度、離した後に角度を変えて、さっきより強く唇を合わせた。 数秒間触れた後に、そっと離れていく。僕は大輝の目を見つめた。 「花火…見れなかったね…ごめん」 涙で濡れた顔のまま、小さな声で謝った。 大輝が両手で僕の顔を挟んで、親指で濡れた頰を拭う。そして、ちゅっと軽く唇に触れた。 「今度から謝ったらキスするから」 明るい笑顔でそんな事を言う。大輝の笑顔に釣られて僕もふふ、と笑ってしまった。 「なにそれ…。じゃあ、ありがとう…」 そう言うと、また僕の唇にキスをした。 「あー駄目だ…っ。燈が可愛すぎる…」 「謝ったらキスするんじゃなかったの…」 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる大輝の胸を軽く押しながら、僕は抗議の声を上げる。 「うん…やっぱりお礼を言われても、する事にする!」 「もう…、じゃあ大輝とは喋らないよ…」 「えっ?それは駄目っ!あーでも燈に触れたいし…でも喋れないのは嫌だし…っ。どうしようっ」 僕の頭の上で一人で騒いでいる大輝が可笑しくて、僕は笑いながら、花火を見ていた時の切ない気持ちが、すっかり消えてしまっているのを感じた。

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