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第79話 花火とキス
大輝にマンションの前まで送ってもらい、家に入ると、仕事から帰って来た蒼一朗がいた。
僕は「ただいま」と声をかけて、直接部屋へ着替えを取りに行く。そのまま洗面所へ向かい、素早く風呂場へ入った。
なんとなく、蒼一朗と顔を合わせたくなかったから、彼がリビングから出て来なくてほっとした。
だって、彼は必ず僕が泣いた事に気付く。泣いた事を聞かれたら、僕は大輝とのキスを思い出してしまう。そんな僕を見て蒼一朗は、何があったかをわかってしまうんだ。
僕が誰と何をしようと、蒼一朗は気にしないかもしれない。でも、大輝との事は知られたくないと思った。
シャワーで頭と身体を洗うと、風呂場を出て身体を拭く。ふと、鏡に映る自分を見た。
退院した日に蒼一朗が付けた痕は、もうすっかり消えていた。首に目をやり、貼ってある絆創膏をぺりぺりと剥がす。傷はほとんど治っているんだけど、蒼一朗が心配して、まだ丁寧に薬を塗って絆創膏を貼ってくれるんだ。
部屋着を着て歯を磨く。洗面所から出ると、リビングのドアを少し開けて、パソコンに向かって何かを打ち込んでいる蒼一朗に「疲れたから寝るね。おやすみ」と声をかけた。
蒼一朗がちらりと僕を見て「おやすみ」と返事をしてくれる。僕はすぐにドアを閉めて、部屋へ行った。
エアコンのスイッチを入れて、まだ湿っている髪のままベッドに寝転がる。久しぶりに人の賑わう場所へ行き、いっぱい泣いたからか、すぐに瞼が重くなってきて、うとうとと微睡み始めた。
電気、消さなきゃ……。
そう思いながら、僕はすぐに眠ってしまった。
どれくらい眠っていたのか、僕は自分の口から出た悲鳴に驚いて飛び起きた。
心臓がどくどくと脈打ち、汗が流れる。身体が震えて手足の先が氷のように冷たい。僕は涙を流しながら、はっはっ、と短い息を吐いた。
また、いつもの悪夢だ。何度も見てるのに、その都度僕の身体が過剰に反応してしまう。
僕はベッドの上で自分の身体を抱きしめて、震えを抑えようとする。小さく上がる嗚咽を、唇を噛んで堪えようとした。
その時、部屋の外から蒼一朗の声がして、ドアが開いた。彼は僕を見ると慌てて傍に来て、隣に座ると強く抱きしめてきた。そしていつものように「大丈夫だ」と繰り返して、髪の毛を何度も撫でる。
僕の震えが小さくなってくると、蒼一朗がそっと僕を押し倒した。僕の顔を包むように手を当てて、覗き込む。そして優しく額、瞼、目尻、頰、鼻と口付けていく。最後にゆっくりと唇を合わせる。唇が触れた瞬間、ほんの少し、僕の肩がピクリと震えた。
一瞬、蒼一朗が唇を離して僕を見つめる。でも次の瞬間には僕の唇にかぶりつき、隙間から舌を挿し入れてきた。口の中を荒々しく舐め回し、舌に舌を絡めて激しく擦る。僕の舌を吸い上げて、強く噛んでくる。
「んっ、んぅ…っ、ふ…っ、んん…っ」
静かな部屋にいやらしい水音と僕の甘い声、蒼一朗の吐息が響き続ける。
蒼一朗が、僕の舌と一緒に唾液を吸い上げ、僕の口の中に唾液を送り込んでくる。深く唇を合わせて僕の口の中を蹂躙した後に、優しく唇を舐めていく。
永遠に続くんじゃないかと思うぐらい、蒼一朗は長い時間、強く深く僕の唇を吸い続けた。
長いキスが終わった後も、僕の口の端から垂れた唾液を舐め取り、何度も何度も食み続ける。
「ん、蒼…唇が腫れちゃう…」
蒼一朗の胸を押して、そう訴える。
「いいよ…腫れてろよ…俺のせいだと言えよ…」
そう言って苦しげに顔を歪めると、また僕の唇を貪ってきた。
その夜、僕が疲れて眠るまでずっと、蒼一朗は僕の唇にキスを繰り返した。
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