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第二章(⑧)
……そういった一連の事情を、クリアウォーターはあちこち巧妙に隠して、甲本に伝えた。聞き終えた囚虜 の男は、眼鏡の奥から、通訳のカトウをじっと見つめた。
「ーーその貝原という男は、なぜ殺されたのでしょうかね」
この頃になると、目の前の囚人が見た通りの人畜無害 な男ではないことが、カトウにも薄々分かってきた。
甲本は言葉こそ少ないが、実に的確な質問を放つ。翻訳されたカトウの英語を聞いて、クリアウォーターは憮然 とした表情をうかべた。
「…さて。見当もつかないな」
聞いたカトウは、奇妙に感じた。何か確証があったわけではない。それでも、クリアウォーターがうそをついている――少なくとも何か、隠しているという印象を受けた。
そのせいで、返答を翻訳するのが一秒ほど遅れた。
その時だ。甲本が不意に、「加藤さん」と呼びかけた。
「あなたは、貝原という男の一件で、何かご存知で?」
聞かれたカトウは、反射的に口走ってしまった。
「いいえ、何も」
「…さようですか」
甲本が残念そうにつぶやいた。その直後、
「カトウ!」
鋭い声に、カトウは我に返った。クリアウォーターの表情を見て、カトウは自分が通訳として、やってはいけない失敗を犯したと悟った。
この対面は、あくまでクリアウォーターと甲本の間のものだ。カトウはあくまでも仲介者、いわば音を伝えるスピーカーにすぎない。尋問される側の甲本に、どんな些細なことであれ、クリアウォーターの許可なく情報を与えるのはルール違反だ。
まして両者のやり取りが、ただの尋問の枠を越えるのであれば、なおさらのことであった。
無様 にうろたえるカトウに、クリアウォーターは表情をゆるめた。
「私を置いてきぼりにしないでくれ。甲本は、何と言ったんだ?」
巧みな軌道修正だった。カトウはそれに助けられ、体勢を立て直した。
「…この男は俺に貝原という男が殺された件で、何か知らないかと尋ねました。俺は何も知らない、と答えました」
「よろしい。では通訳を続けてくれ」
クリアウォーターは甲本に向き直って言った。あくまで英語で。
「貝原の件は、現在捜査中だ。それでも、『ヨロギ』が関与していると考えられる以上、三年前の事件も含め、とことん調べるつもりだ」
「……そして彼を逮捕したあかつきには、絞首刑か銃殺刑に処す、と」
それまで無表情に近かった甲本が、口元をゆがめた。低い笑い声は、陰惨 といっていい響きを帯びている。聞いたクリアウォーターは、眉をつり上げた。
「何がおかしい?」
「…クリアウォーターさん。私も『ヨロギ』もーーそしてこの場所に囚われた他の日本人も、すべては国のため、日本が勝つために最善を尽くした。多少の逸脱 はあっただろうが、それも無私の忠誠から出た行為だ」
手錠のはめられた手を動かし、甲本は眼鏡を外す。
それから黒く沈んだ眼で、勝者の側に立つ赤毛の男をまっすぐ見すえた。
「ーーそれでも我々は、裁かれなければならないのか?」
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