21 / 264

第二章(⑧)

 ……そういった一連の事情を、クリアウォーターはあちこち巧妙に隠して、甲本に伝えた。聞き終えた囚虜(しゅうりょ)の男は、眼鏡の奥から、通訳のカトウをじっと見つめた。 「ーーその貝原という男は、なぜ殺されたのでしょうかね」  この頃になると、目の前の囚人が見た通りの人畜無害(じんちくむがい)な男ではないことが、カトウにも薄々分かってきた。  甲本は言葉こそ少ないが、実に的確な質問を放つ。翻訳されたカトウの英語を聞いて、クリアウォーターは憮然(ぶぜん)とした表情をうかべた。 「…さて。見当もつかないな」  聞いたカトウは、奇妙に感じた。何か確証があったわけではない。それでも、クリアウォーターがうそをついている――少なくとも何か、隠しているという印象を受けた。  そのせいで、返答を翻訳するのが一秒ほど遅れた。  その時だ。甲本が不意に、「加藤さん」と呼びかけた。 「あなたは、貝原という男の一件で、何かご存知で?」  聞かれたカトウは、反射的に口走ってしまった。 「いいえ、何も」 「…さようですか」  甲本が残念そうにつぶやいた。その直後、 「カトウ!」  鋭い声に、カトウは我に返った。クリアウォーターの表情を見て、カトウは自分が通訳として、やってはいけない失敗を犯したと悟った。  この対面は、あくまでクリアウォーターと甲本の間のものだ。カトウはあくまでも仲介者、いわば音を伝えるスピーカーにすぎない。尋問される側の甲本に、どんな些細なことであれ、クリアウォーターの許可なく情報を与えるのはルール違反だ。  まして両者のやり取りが、ただの尋問の枠を越えるのであれば、なおさらのことであった。  無様(ぶざま)にうろたえるカトウに、クリアウォーターは表情をゆるめた。 「私を置いてきぼりにしないでくれ。甲本は、何と言ったんだ?」  巧みな軌道修正だった。カトウはそれに助けられ、体勢を立て直した。 「…この男は俺に貝原という男が殺された件で、何か知らないかと尋ねました。俺は何も知らない、と答えました」 「よろしい。では通訳を続けてくれ」  クリアウォーターは甲本に向き直って言った。あくまで英語で。 「貝原の件は、現在捜査中だ。それでも、『ヨロギ』が関与していると考えられる以上、三年前の事件も含め、とことん調べるつもりだ」 「……そして彼を逮捕したあかつきには、絞首刑か銃殺刑に処す、と」  それまで無表情に近かった甲本が、口元をゆがめた。低い笑い声は、陰惨(いんさん)といっていい響きを帯びている。聞いたクリアウォーターは、眉をつり上げた。 「何がおかしい?」 「…クリアウォーターさん。私も『ヨロギ』もーーそしてこの場所に囚われた他の日本人も、すべては国のため、日本が勝つために最善を尽くした。多少の逸脱(いつだつ)はあっただろうが、それも無私の忠誠から出た行為だ」  手錠のはめられた手を動かし、甲本は眼鏡を外す。  それから黒く沈んだ眼で、勝者の側に立つ赤毛の男をまっすぐ見すえた。 「ーーそれでも我々は、裁かれなければならないのか?」

ともだちにシェアしよう!