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第四章(①)

 三月最後の日曜日は晴れて、東京都内の気温は十六度まで上がった。  風も穏やかでふりそそぐ陽光が、ことのほか暖かい。中旬まで肌寒い日が続いていたので、なおさらそう感じられた。  東京郊外の荻窪。U機関(ユニット・ユー)の長ダニエル・クリアウォーター少佐の寄宿する邸宅は、U機関から歩いて十五分ほどの距離にある。(たたず)まいはちょうど、U機関の置かれた洋館のミニチュア版といったところだ。二階建ての木造建築は子どもを持つ夫婦が暮らすのにちょうどいい大きさであるが、そこに独身のクリアウォーターは住み込みのお手伝いの女性と二人で暮らしていた。   今、邸宅の庭先にはテーブルと椅子が並べられ、ささやかなガーデン・パーティが開かれていた。参加者はU機関のメンバーのクリアウォーター少佐、サンダース中尉、ニイガタ少尉、アイダ准尉、ニッカー軍曹、ヤコブソン軍曹、ササキ軍曹、カトウ軍曹、フェルミ伍長、そして彼らの中で唯一の妻帯者であるニイガタの妻、ドロシーの十人である。  昼過ぎから開かれたパーティは、開始から一時間が経過して、いい意味でリラックスしてきた。皆が思い思いに、食事を楽しみおしゃべりに興じている。  元々、この集まりをクリアウォーターに提案したのは、U機関の一員で「車狂い(カー・マニア)」のあだ名を持つサムエル・ニッカー軍曹だった。 「普段、一階で働く俺らは、二階の翻訳業務室の日系二世(ニセイ)たちと、仕事以外であんまり交流がありませんからね。親睦のために、いっぺん集まって楽しく過ごすのもいいかと」 「悪くないね」   クリアウォーターは賛同の意を示した。彼は余暇や休息が気分をリフレッシュさせ、結局は仕事の能率を上げるのにも効果があることを、十分に心得ている男だった。 「なんなら、私の自宅を会場に使うかい?」 「そうこなくっちゃ」  赤毛の上司の提案に、ニッカーは水色の目をきらめかせた。 「俺秘蔵のウィスキー、持参しますよ」  ニッカーの目論見は今のところ、まずまず成功していた。陽気で気さくなこの男は、すぐにニイガタやササキと打ち解けた。アイダとは元々、数年来の同僚である。またサンダースやニイガタ、アイダも、会の趣旨をよく理解して、自分の方から積極的に周りに声をかけていた。  その一方で、なじもうとしない者もいた。  金髪の大男、ジョン・ヤコブソン軍曹はニイガタやアイダが話かけても、あまり会話がはずまなかった。無口というわけではなく、ニッカーやサンダースとは普通に話すし、特にフェルミ伍長と話す時は、しきりに笑い声を上げている。  そして、誰とも関わろうとしない者がもう一人ーージョージ・アキラ・カトウ軍曹だった。  庭に出された椅子に、カトウはぼうっとした顔つきで座っていた。時々、思い出したように、オレンジジュースの入ったコップをかたむける。ここ一週間、寝不足ぎみだった。  ミナモリの夢を見たあの夜以来、カトウは再び不眠に悩まされるようになった。  ベッドに入っても明け方近くまで眠れない日が、何日も続いている。さらに昼間、眠気覚ましのために飲む大量のコーヒーが、余計に夜の睡眠を妨げるという悪循環に陥っていた。

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