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第四章(③)

 銃声を聞いたカトウは、グラスを取り落した。(いな)。手が別のものを求めて、動いたのだ。腰のベルトの四十五口径。そして、目は反射的にクリアウォーターの姿を探していた。  だが目立つ赤毛の頭を見つけるより先に、カトウから少し離れたところで野次を飛ばす声が上がった。 「おい、ジョン。もっとしっかり狙えよ」 「うるせえ、サム!」  野次の主はサムエル・ニッカー軍曹だ。そばには、ヤコブソン軍曹もいる。ヤコブソンの大きな身体にふさわしいごつい手には、カトウが帯びているのと同型の四十五口径を握られていた。銃口の先を、カトウは視線でたどった。ヤコブソンから二十メートルほどの距離に、いつの間にか廃棄寸前と見える古いテーブルが引っ張り出されている。  そして、その上に空のビール瓶が五本、並べられていた。  二人の若い軍曹が、西部劇映画の真似事をしているのは明らかだった。 「おう、びっくりした。心臓に悪いわ」  ササキの言葉に、カトウも珍しく同意した。まったく。レクレーションをするなら、ダーツくらいにしてほしい。カトウは苦々しい表情で、かがみこんで落ちたコップを拾った。やわらかい芝生の上だったので、幸い中身のオレンジジュースをこぼしただけで済んだ。  そうするうちにも、銃声は続いた。  最初の分も合わせれば、合計七発。――それに対して、割れたビール瓶はたったの一本。 ーー下手(まず)い射撃だな。  カトウは思ったが、さすがに口には出さなかった。しかし――。 「アハハハ、へたくそ」  フェルミがよりにもよって、大声ではやし立てた。そのひと言で、むすっとしていたヤコブソン軍曹が、かみつきそうな顔になってカトウたちの方にやって来た。 「おいこら、トノーニ・ジュゼベ・ルシアーノ・フェルミ!」  感心なことに、ヤコブソンは同僚の長ったらしいフルネームを完璧に記憶していた。 「文句があるなら、お前がやってみろ!」 「えー。やだよ。ぼく、人に当てそうでこわいもん」  無邪気な口調で恐ろしいことを言う男に、さすがのヤコブソンも毒気の抜かれたようだ。しかし、まだ腹の虫がおさまったわけではなく、酒で据わった目をフェルミの背後に向けてきた。すなわち、ササキとカトウの方に。 「おい。お前らも、チャレンジしてみろよ」 「いやぁ……ミィはやめとくわ。射撃は上手(うま)ないし」 「俺も遠慮しとく」  二人の返答に、ヤコブソンはバカにしたように鼻をならした。 「ちっ、ノリが悪いな、は」  そのひと言で、ササキの顔が引きつった。  ジャップ(JAP)――日本人を侮蔑するその言葉に、大抵の日系人は無反応ではいられない。ササキの反応に、カトウは「これはまずい」と思った。  昔、所属した連隊の戦友に血の気の多い日系二世がいた。この男は本土で訓練していた時期に、同じ駐屯地で訓練中の別の連隊の白人兵士からこの言葉を浴びせられ、その場で相手を殴り飛ばした。また別の、これはハワイ出身の日系二世(ブダヘッド)だったが、侮辱された時はこらえてやり過ごしたものの、あとで怒り心頭した仲間たちと一緒に、集団で復讐に行ったということもあった。 「ーーおい、こら。待てや」  案の定、ササキが立ち去ろうとするヤコブソンを呼び止めた。

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