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第四章(④)
「今の言葉、謝れ!」
「あ?」
「ミィとカトウを侮辱した、その嫌 な言葉を撤回せいって言うとんじゃ」
怒りを露わにするササキに、ヤコブソンは不機嫌そうにうなった。
「うっせえ」
「おい!」
「だったら、チャレンジしろよ」
そう言って、ヤコブソンはビール瓶の並べられた机に親指を向けた。
「俺より多く割れたら、謝ってやるよ」
「おう、その言葉、忘れんなや!」
ササキはカッカしながら、ニッカー軍曹の方に大またで歩いて行った。すでにテーブルの上から割れた瓶が片づけられ、先ほどと同じく空瓶が五本並べられている。ササキは自分の腰から拳銃を抜いて構えると、片目をつむり、狙いをつけて引き金を引いた。
銃声が七発。結果はゼロ。
フェルミが「下手くそ」とつぶやいた。その隣で、ヤコブソンが酒で赤くなった顔を得意げにゆがめた。
「けっ。口ほどにもねえ奴」
カトウは肩をすくめた。ばからしい。そう思いながらも、気づいた時には口が勝手に動いていた。
「――なあ。あれを割れたら、ササキに謝ってくれるんだよな」
「あ? あ、ああ。二本以上割れたら、謝ってやるよ」
本数を指定するあたり、若干せこい。別に、カトウにとってはどうでもよい。
二本だろうが、三本だろうが。結果は同じだ。
「オーケイ」
カトウは椅子から立ち上がった。しょんぼり戻ってくるササキの肩を、すれちがう時にぽんと叩く。そして、同僚と入れかわる形でニッカーのそばに立った。
ニッカー軍曹はやって来たカトウを面白そうに眺めた。
「お、三人目の挑戦者は、お前さんかい」
「ああ」
「じゃあ、手始めにルール説明だ。撃てるのは…」
「あれを全部割ったら、いいんだろ?」
「…マガジン一本分。つまり七発以内で、な」
カトウは無言でうなずいた。すでにパーティの参加者たちが、三人目の意外な挑戦者に気づいて、好奇の視線を向けている。
カトウはほとんど無雑作な手つきで、腰の四十五口径を構えた。切れ長の黒い瞳が、二十メートル先の目標を捉える。
次の瞬間、耳をつんざく音とともに、一番端にあったビール瓶が、ばらばらに砕けた。
見ていた観衆が、どよめく。それと裏腹に、カトウは自分の頭がすっと冴えるのを感じた。
まるでメトロノームのような規則正しく、四発の銃声が立て続けに轟き、四本のビール瓶を次々に打ち砕いた。残る弾は二発。
マガジンをきっちり空にしたかったカトウは、銃口をわずかに下げた。狙いはテーブルの足だ。一発目が左前の足を、そして二発目が左後 ろの足を撃ちぬくと、瓶の破片を載せたテーブルがぐらりと傾き、派手な音を立てて芝生の上に崩れ落ちた。
「わお、すごいや!」
フェルミが手を叩く。それにつられる形で、ニッカーやニイガタ、アイダも拍手を送る。
もちろん、一番盛大に手を叩いたのは、言うまでもなくササキだった。
カトウは肩をすくめ、拳銃を下ろした。今になって、少し後悔していた。こんな風に目立つ気はさらさらなかったのだがーー。喜びのあまり飛びかかってきたササキをひらりとかわし、カトウはヤコブソンのところへ戻った。
「約束、守れよ」
だが聞こえたはずのヤコブソンは、むすっとした顔でそっぽを向いた。
その態度には、さすがのカトウもカチンときた。
「おい……」
「うるせえ。しつこいんだよ!」
カトウの胸を、ヤコブソンが小突いた。それを見たササキが「こらっ!」と、二人の間に割って入る。八インチ(約二十センチ)の身長差がある大男を、ササキは憤然とにらみつけた。
あわや一触即発、というまさにその時、
「やめるんだ、三人とも!」
ちょうどキッチンから戻って来たクリアウォーターが、両者の間に流れる険悪な空気に気づいた。鶏肉のパイの載ったトレイをお手伝いの女性にわたし、三人の方にやって来る。
「一体、何があったんだ?」
「ヤコブソン軍曹が、ミィとカトウ軍曹を『ジャップ』と呼んだんです」
ササキのひと言で、その場が静まり返った。クリアウォーターはササキからカトウ、そしてヤコブソンに視線をめぐらせた。
三人の反応を見れば、ササキが言ったことが事実であるのは、聞かずとも分かった。
「――ヤコブソン。私と一緒に来なさい」
有無を言わせぬ厳しい口調で言い、クリアウォーターは背を向ける。
怒りと恥ずかしさで顔を紅潮させたヤコブソンは、ササキやカトウに目もくれず、クリアウォーターの後ろについて行った。
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