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第五章(②)

 出張用の荷物を手にし、カトウはU機関(ユニット・ユー)にもどった。最初は翻訳業務室で、出発まで仕事をするつもりであった。しかし、途中からどうしてもジープに積まれていたガーランド銃とトミー・ガンのことが気になり出した。 ーーあの銃……最近いつ頃、掃除しただろう?   使用したあと、銃身はきちんと手入れされているのか。()びついているとかだったら、わりと本気でシャレにならない。おまけに日本は湿度の高い国で、銃器は本国(メインランド)に比べて錆びやすいとなれば、なおさらだった。  一度、気になり出すと、どうにも仕事に身が入らなくなる。カトウは鉛筆を置くと、翻訳し終えた資料を手におずおずとニイガタの所へ向かった。 「銃の掃除をしたいだと?」  カトウの申し出を聞いたニイガタは、うなるように聞き返した。  有能なアイダが怪我で休養中のせいで、ただでさえ仕事が滞りがちで、機嫌があまりよくない。カトウの背後では、ササキがちらちらこちらの様子をうかがっている。  同僚の視線を無視し、カトウはつっかえながらもニイガタに抗弁した。 「いえ…その、ちゃんとメンテナンスしていないと、撃てなくなることがよくありますから」  ニイガタは渋い顔になる。 「俺も昔、前線に出ていたから、その気持ちは分からんでもないが……今、必要なことか?」 「はい」半ば虚勢を込めて、それでもカトウははっきり答えた。 「どんな平和時でも。武器の状態は万全にしておくべきかと」 「……カトウ」 「はい」 「銃器に向けるその熱意の十分の一でいいから、何とか翻訳に生かせんものか?」  ニイガタがつまんだ用紙には、あいかわらずところ狭しと、朱筆が入れられていた。 「お前の英文を訂正していると、だんだん泣けてくるぞ。俺はなあ、小学校のライティングの先生じゃないんだぞ……」 「す、すみません……」  カトウは面目なさそうに顔を伏せた。ニイガタは、ため息とともに用紙を置いた。 「ーー掃除してこい」 「え?」 「戦闘に限って言えば、お前の言うことの方が正しいんだろう。満足いく仕事をしてこい」 「…はい!」  カトウは一礼して駆け出した。  最初は苦手だと思っていたが、ニイガタとは案外、うまくやっていけるかもしれなかった。  カトウが機関の建物に付属するガレージまで来ると、ちょうどニッカー軍曹がジープに幌を付けている最中だった。やって来たカトウに気づき、ニッカーは陽気に手を振った。 「ヘイ、ジョージ。元気か?」  サムエル・ニッカー軍曹はもうすぐ誕生日を迎えて、二十九歳になる。煙草と酒、そして車をこよなく愛し、南国の海のような水色の目が印象的だ。大戦中は輜重(しちょう)部隊でトラック運転手を務めていたと聞く。  カトウは軽くニッカーに会釈した。 「ジープはまだ準備中?」 「いや、もうだいたい終わったよ。ウェンディお嬢さんは、今日も上機嫌だ」  ニッカーは(いと)おしげに、灰緑色のウィリス・ジープをなでた。たいていのアメリカ兵がそうであるように、ニッカーも配備された公用車に、勝手に愛称をつけて呼んでいる。それもすべて女性の名前だそうだ。  ササキ経由で、カトウはこんな逸話を聞いていた。  大戦中、ニッカーは自分が運転するごついトラックを「シャーロット」と命名し、いつも「俺の愛しいシャーロット」と呼んでいた。そのせいで、たまたま同乗していた新米少尉を大いに困惑させたという。というのも、くだんの少尉は「シャーロット」をニッカーの恋人だと勘違いし、「シャーロット嬢は今、どこにいるんだ?」と聞いたところ、「え? 少尉のケツの下ですよ」と答えられたからだ。  ニッカーのすすめる煙草を断って、カトウは用件を切り出した。 「このジープに載っているガーランド銃とトミー・ガン、いつ掃除したか覚えてる?」 「えーと。お嬢さんはしょっちゅういじっているけど、アクセサリーには手を出してないな」  カトウは眉をひそめた。ひょっとすると、ジープが配備されてから一度も掃除されていない可能性がある。 ーーいくらなんでも、平和ボケしすぎじゃないか?  肩をすくめ、カトウはガレージの中をあさり始めた。幸い、小銃用の掃除用具を入れた箱は、棚のひとつからすぐ見つけることができた。  さて、とトラックを振り返る。 ーーガーランド銃とトミー・ガン。どちらから始めようか。

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