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第五章(③)

 ジープに積まれた弾丸は、ガーランド銃より短機関銃(サブマシンガン)であるトミー・ガンの方が多い。ちなみにトミー・ガンは、四十五口径の拳銃と同型の弾を使用する。単発なら威力はガーランド銃の方だ。だが、建築物や塹壕など狭い空間での近接戦闘なら、連射ができ銃身の短いトミー・ガンの方が有利である。  カトウは二種類の銃を見比べ、特に深い意図もなくトミー・ガンを最初に掃除することにした。ボロ布を広げて必要な道具を並べ、さっそく手にした短機関銃をバラバラに始めた。  銃身の中は思いのほかきれいだった。だが、遊底(ボルト)を引っくり返すと油のような汚れとともに何と小石が挟まっていた。あぶない。これでは石がひっかかって、引き金を引いても遊底が動かず、弾丸が発射できないところだった。  カトウは布とブラシを使い、汚れとともに小石を丁寧に取り去った。新しい煙草に火をつけたニッカーは、作業をするカトウを上からのぞきこみ、感心した口調で言った。 「手慣れたもんだな」 「まあ……。ちょっと、頼むから煙草の灰を落とさないでくれ」 「あ、すまん」ニッカーは謝り、煙草の火口を下に向けた。 「ガーデン・パーティの時に見せた腕前といい。お前さん、相当な銃マニアだな」 「……別に。銃が好きってわけじゃない」  それは本心だった。確かに射撃は得意だが、ニッカーが車に対して持つような愛情を、銃器に持ったことはない。  銃は戦場で自分と仲間を守るための道具だ。だから万全に整備しておく。けれど、しょせん人を殺す道具であることに変わりはない。  必要ではあってもーーカトウは好きにはなれなかった。  ニッカーはしばらく作業を見守っていたが、二本目の煙草に火をつけようとしてふと手を止めた。 「そういえば、ジョージ。お前さん、大戦中はヨーロッパにいたんだってな」 「ああ」 「ドイツには行ったか?」 「いいや。俺が行ったのはイタリアとフランスだ。でも仲間の野戦砲部隊は、ミュンヘンという街のあたりまで、進軍しそうだ」  何でそんなことを聞く、とカトウが聞き返すと、ニッカーは肩をすくめた。 「俺の母さんは、ドイツのドレスデンという街の出身なんだ」 「ドイツ人?」  カトウの問いに、ニッカーはすぐに答えなかった。 「……ユダヤ系のドイツ市民だった」  カトウが銃身を磨く手を止める。ニッカーを振り返ると、年長の軍曹は火をつけたタバコを口から離し、長々と煙を吐き出した。 「ドイツに住んでいたユダヤ人がどうなったかは、お前さんも聞いたことくらいあるだろう? でも、昔は……子どもの頃は全然違っていたそうだ。そんなに豊かじゃなかったけど、近所の友達と一緒に同じ学校で勉強して、ケンカして仲直りして、同じような夢を追いかけていた。ナチスが台頭する前の古きよき時代を、母さんはよく俺に話してくれた。それを聞いて、俺は育った。だから、そこがどうなったのか、ちょっと気になったんだ」 「…そうだったか」 「でも、このことはあんまり人には言わないでくれ。ユダヤ嫌いな奴は、結構いるから」  カトウはうなずく。人種差別は、ナチス特有のものではない。むしろ世界中にあふれていてーーとりわけ移民の国であるアメリカには、様々な人種間での軋轢がたえずくすぶっている。  黒人への差別。白人間の中でも、ユダヤ系に対する差別。アジア系とくくられる中でも、フィリピン系、中国系、日系、朝鮮系は、出身地域を同じくする者同士で固まり、他に対して排他的になりがちだ。その上、出身国の政治と外交が、移民の間に暗い影を常に落としてきた。  そのことを、カトウは我が目で見てきた。日本が武力で占領し、支配した地域ーー朝鮮、中国、フィリピン出身の移民たちの中には日系人たちに強い敵愾心を表す者も少なくなかった。 また日系人の間でさえ、「内地(ないち)」の出身者は、沖縄出身者との間に冷たい壁を設けて(はばか)らなかった。  差別される者が、ほかのマイノリティを見下すことも決して稀ではない。大学で高い教育を受けたはずの日系人が、ユダヤ系市民を見下すのを見て気分が悪くなったと、酒の席でニイガタが語っていたことがある。   「俺も、あまり銃は好きじゃないよ」  ニッカーは煙を吸い、独り言のようにつぶやいた。 「ゲームや狩猟とかならともかく、人を撃つのはどうにもな……」

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