……ひとたび自転車に乗れるようになったら、何年か乗らなくても、乗ればすぐに問題なく運転できるようになるという。カトウは自転車に乗ったことがないが、多分、それと同じだ。 　要するに。一度、身体で覚えたことは、滅多なことで忘れやしないということだ。 　必要な感覚を取り戻すのに、一秒もかからなかった。 　 　血まみれのニッカーの身体を、カトウは助手席に押しやった。フロントのカスパードに引っかけられたガーランド銃をつかむ。自分の上着を脱いで銃床にかぶせると、慎重に、しかしすばやく、周りの状況を把握した。 　ひしゃげた運転席側のサイドミラーが、ちょうどうまい具合に、銃撃が来た方向に鏡面を向けている。それを確認したカトウは、上着を引っかけた銃身を、ゆっくり車外に突きだした。 　見つめる鏡の中で光が瞬く。銃弾が上着のまわりでバラバラと弾(はじ)けた。 　それで、敵のいる位置におよその見当がついた。 ーー土手の上だ！　距離はまだ少し、離れている。 　カトウは手元に戻したガーランド銃の銃床で、ジープのフロントから砕けたガラスの残骸を叩き落とした。それから背中を預け、ハンドルに足をからませた格好で、姿勢を安定させた。 　クリップを装填する。肩に銃床を当てて構える。訓練と実際の戦場で何百回と繰り返した動作だ。見えない敵を少しでもかすめるように、狙いをつける。 　ひと呼吸置いてーーカトウは引き金を引いた。 　だが、ガリッと奇妙な音がしたきり、引き金が途中で何かにひっかかった。 ――うそだろ！？ 　自分の顔から血の気が引くのが分かった。 ーーこんな時に、動作不良！　 　もう一度、指に力を込める。それでも引き金は頑として、びくともしなかった。 　冷たい汗が背中を濡らす。悪夢のような現実が押し寄せ、パニックの波となってカトウを呑み込みかけるーーまさに、その時だった。 「カトウ！」 　クリアウォーターが後部座席から身を乗り出してきた。 　その右手にはトミー・ガン、左手には弾丸を詰めたマガジンが握られている。 　ガーランド銃を放り出したカトウは、ひったくるようにトミー・ガンの銃身をつかみ、マガジンを差し込んだ。 　 　構えて引き金を引くと同時に、タッタッタというリズムで両腕に反動が来た。