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第五章(⑩)
ーー「赤毛の男だけは、絶対に仕留めろ!」ーー
それを耳にしたカトウは魂が凍りつく思いをした。
「赤毛の男」――確かに、そう言った。
ーーあいつら、クリアウォーター少佐を狙っている……!!
カトウの足が止まる。前を行くクリアウォーターとヤコブソンは、ニッカーを背負って駆けるのに必死で、カトウの離脱に気づかなかった。
その場でとどまったカトウは、斜面の一部を覆う丈の低い藪にすべりこんだ。身体を伏せ、トミー・ガンの照準を土手の一角に合わせる。
待つまでもなく、土手の上に人影が走って来た。
先頭を走る男に狙いをつけて、カトウは引き金を引いた。
トミー・ガンはガーランド銃に比べると反動が大きく、正確な狙撃には不向きだと言われている。だが、カトウの技量を以てすれば、一番狙いやすい胸部を撃ちぬいて、致命傷を与えることは、十分に可能だった。
弾丸が命中した男は胸から血の花を咲かせ、もんどりうって倒れた。
銃声を聞きつけた後続の男たちが、慌てた様子で土手の上に身体を伏せる。その中の一人が、怒り狂った声で叫んだ。
「あのあたりを狙え!!」
直後、カトウの周囲でバラバラと銃弾のシャワーが降り注いだ。
戦場での経験から、下手な反撃は自分の位置を知らせるだけだと、カトウは分かっていた。
ーー耐えろ。
敵をできる限り、この場所に引きつける。その間に、クリアウォーターたちを里山の中に逃げ込ませる。手負いのニッカーまで含め、安全な里山まで逃がすにはこれ以外に方法はない。
少なくとも、カトウには思いつかなかった。
だが、敵が藪に隠れたカトウを見つけ出すのは時間の問題だった。それとも、敵の弾丸のひとつが、カトウの頭を撃ちぬくのが先か。
ーー……正真正銘の、まぬけだな。
カトウは自分自身をあざけった。こうすると決めて、行動したはいい。だが。
襲撃者たちを引きつけた後のことについては、ちっとも考えていなかった。
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