木々の間に、人の通った跡が自然に道となっている。そこを進み、しばらく行ったところでわざと道を外れる。ナラの木の下で、一行はようやく腰を下ろした。 「…これから、どうします？」 　カトウがクリアウォーターを見上げた。 「このまま、明るくなるまでここに隠れていますか」 「それはだめだ」 　クリアウォーターは首を振った。 「ヤコブソンの傷は、一刻も早く病院で治療を受けさせないとまずい。助けを呼びに行く必要がある」 「なら、俺が行きます」 「いや、私が行こう。カトウ、君はここに残って、ヤコブソンに付き添ってくれ」 「……ご冗談でしょう？」 　カトウは思わず、クリアウォーターを見つめる。赤毛の男は視線をそらし、淡々と告げた。 「トミー・ガンを、貸してくれ」 　その言葉で、カトウは怒りを爆発させた。 「ふざけないでください！！　あの連中が言ったこと、聞こえていたでしょう。『赤毛の男は必ず仕留めろ』ってーーーあいつらは、あなたを狙っているんですよ！」 　カトウの脳裏に、先刻のことが頭をよぎる。誰かが四十五口径を拳銃を撃ってくれたおかげで、敵はそちらに気を取られて、カトウは危うい所で命拾いしただけでなく、背後からの不意討ちを成功させた。 　だけど、そんなのはしょせん結果論だ。 　厳しい表情のクリアウォーターに、カトウはそれ以上に険しい顔を向けた。 「……あの時。拳銃を撃って、あいつらの気をそらしてくれたのは、あなたでしょう、少佐。ヤコブソンはその時に、撃たれたんじゃないんですか？」 　クリアウォーターは眉一つ動かさない。だが、仮面のようなその顔に、逆にカトウは自分の推測が正しいことを確信した。 「……正直、愚(おろ)かですよ。運がなかったら、あなたが撃たれていたかもしれない。そのせいで……」 ーー死んでいたかもしれないんだ。 　頭をかすめた想像を、カトウは口に出すことができなかった。 「……あなたは以前、俺に言ったでしょう。『いざとなったら自分を守ってくれ』と。でも、あなたが自分から危険に飛び込んでいくような真似をするようじゃ、とてじゃないけど、その約束は守れません」 　重く張りつめた空気が、二人の間に流れる。 　クリアウォーターは、今やほとんどにらむようにカトウを見ている。だが、カトウも負けていない。トミー・ガンを握りしめて、一歩も引く気配を見せない。 　少なくともこの場では絶対に、クリアウォーターに譲歩するつもりはなかった。　 －－長い沈黙の末に、赤毛の少佐はやっと口を開いた。 「…カトウ」 「はい」 「頼む。助けを呼んできてくれ」 　カトウは、短く答えた。 「イエス・サー」 　その時、木の幹に寄りかかっていたヤコブソンが薄目を開けた。 「ーーおい、チビ助(ショーティ)」 　カトウは、思わず立ちすくんだ。一瞬、なぜヤコブソンがカトウの昔のあだ名を知っているのかと驚く。しかし、それは本当に、偶然がもたらしたことだった。 「……カトウ軍曹」ヤコブソンは、慇懃(いんぎん)に言い直した。 「残っている敵は三人だ。全員、旧日本陸軍で使われていた九九式短小銃を所持している。その内の一人は、腰に拳銃も差していた。気をつけろ」 　それを聞いたカトウはいぶかしんだ。ヤコブソンが襲撃者たちの姿を見たとしても、一瞬だったはずだ。常識的に考えて、そこまで詳しく覚えるはずがないが。 「信じていい」 　クリアウォーターがカトウの内心を見透かしたように言った。 「ヤコブソン軍曹は、カメラ・アイの持ち主だ」 「カメラ・アイ…？」 「写真を撮るように、一度見たものを絶対に忘れない特殊な能力だ。彼はその力を買われて、第八軍の歩兵師団本部で働いていたんだ」 　ヤコブソンは青ざめた顔で、うなずいた。 「そういうこと。何なら、翻訳業務室にある本の名前、全部言ってやろうか？」 「いや、いいよ。……俺が、覚えてないし」 　答えながら、カトウはマガジンをすぐ取り出せるポケットに入れ直す。それ以上、無駄口は叩かなかった。 「――必ず戻ってきます。それまで、ねばってください」 　そう言い残し、カトウは闇夜に向かって駆け出した。