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第五章(⑯)

 その時、サンダースは近くに停められたジープに寄りかかって座る青年に気づいた。  小柄な体にまとう軍服は、何日も塹壕にいたかのようにぐしゃぐしゃで、土と赤黒い血がこびりついていた。それを目にしたサンダースは、日頃の厳格さに似合わぬ表情で――つまりは心配もあらわに、彼のそばに駆け寄った。 「カトウ! 怪我をしていたのか?」 「ーー平気です」カトウが、顔を上げた。 「俺の血じゃありません。全部、他の人間の血です。ヤコブソンとニッカーの……それから、襲撃者の一人の……」  聞いたサンダースはかがみこみ、カトウの肩に手を置いた。 「クリアウォーター少佐を、よく守ってくれた」  カトウはサンダースを見つめ、それからかすかに聞き取れる声で、「ありがとうございます」とだけ言った。  深夜に近い時刻だというのに、襲撃現場を歩き回る人の数は、一向に減る気配を見せなかった。周囲で交わされる報告が、座り込んだカトウの耳にも入ってくる。すでに日本の警察が周辺の道路を封鎖し、不審人物の捜索に当たっている。  しかし、いまだ有力な情報は入ってこない。  カトウは、視線をめぐらせた。封鎖線がわりにアメリカ軍のジープが数台、停車している。そこからかなりの距離をはさんで、日本人の警察官たちが警戒に当たっている。さらにその向こうに、物見高い野次馬たちの姿が見えた。目をこらしたが、どの顔も見覚えがなかった。  時計の針が一周し、日付が変わった頃、ついにサンダースがしびれを切らしてやって来た。 「今日泊まる予定だった宿舎に連絡を取って、二人分の部屋と着替えを用意させました。ここには引き続き、私が残りますから、少佐たちはそろそろ、そちらに引き上げてください」  副官の提案に、クリアウォーターは首を振った。 「私はまだ残って、対敵諜報部隊(CIC)の人間と捜査を続ける。とりあえず、カトウだけ宿舎に送って休ませてやってくれ」 「だめです」  銀縁眼鏡をくいっとあげ、サンダースはぴしゃりと言った。 「尻尾を巻いて逃げた連中の行方は、対敵諜報部隊(CIC)の部員と日本警察が追っています。ですが今日、ここでできることは、もうほとんどないでしょう。すべては、日がのぼってからです」 「いや、しかしだな……」 「明日、あなたは嫌でもあちこち飛び回って、顔を出さなければなりません。徹夜明けの顔と、その泥まみれの敗残兵のような格好で、士気が上がると思いますか?」  腹立たしいほどに正論だった。クリアウォーターは降参とばかりに肩をすくめた。 「ーー分かった。カトウを呼んでくるから、車を手配してくれ」

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