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第六章(③)

 護衛のジープに先導され、クリアウォーターは合流したカトウと共に、サンダースが運転するジープで昨夜の襲撃場所に向かった。  現場では、すでに昨夜の倍にふくれ上がった人数の軍人と捜査官たちが忙しげに動き回っていた。その人波の中心に、クリアウォーターは見おぼえのある顔を見いだした。 「あれは……ソコワスキー少佐か!!」  クリアウォーターの声に、白髪交じりの黒髪頭がぴくっと動いた。振り向いた顔は、意外にも若い。ジープから降りる赤毛の男を視界に認めた途端、その男ーーセルゲイ・ソコワスキー陸軍少佐の顔に、露骨に敵対的な表情が浮かんだ。 「ーーダニエル・クリアウォーター……少佐」 「やあ。久しぶりだね。半年ぶりくらいかな、元気にしていたかい?」 「俺が健康かどうかなぞ、貴官には関係ないだろう」 「あはは。そうだけど、元気にやっているなら、うれしいよ」  非の打ちどころのない笑みを浮かべるクリアウォーターから、ソコワスキーは目をそらした。ちらりと土手下に横転したままのジープを見やる。  ジープを眺めるその目つきは、クリアウォーターがいっそ爆弾でふっとんでくれていたらよかった、と言わんばかりであった。 「ーーーなんか、険悪な雰囲気ですね」  ジープの上で二人の少佐のやり取りを眺めていたカトウがつぶやく。サンダースが、ため息をついて肩をすくめた。 「あの白髪頭は、対敵諜報部隊(CIC)所属のセルゲイ・ソコワスキーだ。確か最近、少佐に昇進して、東京に戻って来たばかりのはずだ」 「知り合いなんですか?」 「…ああ。私の知り合い、というよりボスの知り合いだ。対敵諜報部隊にいた頃、ソコワスキーとは何度か協力して、物資摘発をしたことがある」  ソコワスキーは当時、舞鶴にいた。大陸から引き揚げてくる復員兵の中から、共産主義に染まった疑いのある者を隔離して、尋問する仕事をしていた。いわば思想調査である。しかし、舞鶴港にはそれ以外にも、様々な情報が流入する。その内、物資隠匿や不法密輸入に関係するものを、ソコワスキーはクリアウォーターの部署に報告していた。  カトウは首をひねった。協力関係にあったにしては、二人は遠目にも明らかにギクシャクしている。というより、ソコワスキーの方が、クリアウォーターを毛嫌いしている様子が、ありあり見て取れた。それを指摘すると、サンダースがこっそり教えてくれた。 「途中まで、そんなに仲は悪くなかったんだ。ところが一度、クリアウォーター少佐がうっかり口をすべらしてね」 「はあ……何と言ったんです?」 「『(ソコワスキー)は、首から下は完璧だ』って。そのことが人づてに本人の耳に入って、同性愛嫌悪者(ホモフォビア)のソコワスキーは怒りくるったそうだ」 「……そりゃ、怒って当然ですよ」  さすがのカトウも、呆れるしかなかった。   ーー年中、発情しているのか。あの(ひと)は……。    そのカトウの横顔を、サンダースがちらっと見やった。 「なにか?」カトウは尋ねた。  サンダースは一瞬、何か言いたげな顔つきになる。だが、結局「いや、別に」と言うと、上司の方に視線を戻した。

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