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第六章(⑨)

 ヤコブソンは顔色こそ悪かったが、意識ははっきりしていた。  クリアウォーターが持参したチョコレートと雑誌を示すと、ぎこちなく笑って上半身を起こした。思いのほか元気で、フェルミのかぶってきた珍妙な革の仮面を、「ハロウィン用か?」と茶化(ちゃか)す余裕すら見せた。  それでも、話がニッカーのことに及ぶと、みるみる顔から笑みが失せた。クリアウォーターはベッドの横の椅子に腰かけ、しょげかえる部下ををなぐさめた。 「襲撃者たちは必ず逮捕する。そのために、君の力が必要なんだ」  はげまされたヤコブソンは、少し元気を取り戻したようだった。 「何でも、聞いてください。記憶力だけは、ほかの連中よりいいですから」  クリアウォーターはうなずき、基本的な質問からはじめた。  ……襲撃者の人数は?     ――現場にいたのは八人。五人はすでに、カトウによって射殺された。  携帯していた武器は?     ――全員が、旧日本帝国陸軍で使用されていた九九式短小銃を持っていた。手りゅう弾の類は、見えるところにはなし。一人は拳銃を腰にさしていた。  さらに逃亡した三人について、ヤコブソンは詳細にそらんじてみせた。背格好から始まり、服装については色や形だけでなく、シャツのポケットの位置といった細部に至るまで、すべて覚えていた。  そして聞き出した情報を元に、フェルミがスケッチブックに素早く鉛筆を走らせた。クリアウォーターは感心する。いつもながら、見事なデッサンは、写真よりもはるかに強く、見るものに訴えかける力を持っていた。  ところが、である。  一番肝心(かんじん)な襲撃者たちの顔に話が及んだ時、ヤコブソンは言いよどんだ。 「顔は………日本人の顔だった」 「どんな顔? 人間のひとりひとり、違うでしょう?」  フェルミが思わず口をはさんだ。 「目の形は? 鼻は? 唇は?」 「ええっと……」  ヤコブソンは口をもごもごさせ、何とか言葉を見つけようとする。だがそのまま、頭をかかえてしまった。 「顔は、はっきり覚えているんだ! でも、。全員、黒い髪で目の色は黒くて、目の形は細くて……」  それを聞いたクリアウォーターは、自分の考えが甘かったことを悟った。  ーーしまった。これは、盲点だった。  大半のアメリカ人にとって、日本人の顔は一見するとどれも似通っていて区別がつきにくいのを忘れていた。BIJ(日本生まれ)で、子どもの頃に日本人の顔に見慣れ、日本人と同じくらいに識別できるクリアウォーターの方が、例外的存在なのだ。たとえば、 「目はどんぐり眼。眉は外に向かって太いが、全体的に太眉だ。額は狭い。鼻はだんご鼻で、頬骨は高くなく、頬は丸く盛り上がっていて、うっすらにきびの跡がある。唇は厚く、特に上に比べて下が厚め。顔全体の輪郭は逆三角形。肌はよく日焼けしていて、浅黒い。どことなく、ひょうきんな印象を与える(以上、マックス・カジロ―・ササキ軍曹の容貌)」 というように、一般的なアメリカ人は中々言えない。  しびれを切らしたフェルミが、ぷりぷり怒りだした。 「もう! 人の顔はみんな違うんだよ。しっかりしてよ、ジョン・ヤコブソン!」  怒りの声に、ヤコブソンは余計に頭をかかえる。  クリアウォーターは助け舟を出し、考えつく限りの問いを発したが、ほとんど無駄であった。  結局、時間をかけた末に、逃亡者たちの背格好と服装、所持していた武器を特定するだけにとどまった。

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