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第七章(⑥)

 一ヶ月後、クリアウォーターはノーフォークの館に戻って来た。  館の一室で、グラン教授は教え子のトランクから出てきた「収穫」に目をみはった。  ターゲットの交友関係はさることながら、ドイツ政府の「四ヶ年計画(戦争遂行に必要な物資増産計画)」における合成ゴムや人造繊維の生産計画と、そのための工場の一覧、さらにターゲットがナチ党幹部と交わした私的な書簡を写した写真の数々。予想外の成果であった。 「後学のために、教えてくれ。一体、どんな魔法を使った?」  興奮を隠せぬ教授に、教え子の青年は告げた。 「ターゲットの男と寝ました」  さりげない口調だったので、グラン教授は数秒間、反応し損ねた。それから底のうかがえない灰色の眼で、じろりと教え子を眺める。  クリアウォーターは簡潔に、帰りの船の中で準備してきた事実を述べた。 「向こうの方から誘いをかけてきたので、これ幸いと、ぼくは相手の(ふところ)に入りました。二週間かけて信用を勝ち取り、残りの二週間を彼の家で過ごしました。友人の息子という名目で。その間に、身につけた金庫破りの技術と社交術を駆使し、これらの情報を入手した次第です。その後、大学の新学期が始まるからと言って、イギリスに戻ってきました。この男はできれば今後もぼくとのつながりを維持したいと言っていますが、いかがいたしましょうか?」  そこまで聞き終え、グランはようやく口を開いた。 「……男が女と寝るように、君は男と寝たのか?」 「はい」 「君の道徳心や倫理観はその間、都合よく冬眠していたと? いや、そもそも嫌悪感はなかったのか?」 「特には。強いて言うなら、彼の身体はどこもかしこも太すぎて、ぼくの好みから少々外れていたことぐらいですかね」  クリアウォーターは笑おうとして失敗した。  グランの眼差しは裁判官か、死刑執行人のそれに近かった。クリアウォーターはありったけの勇気をかき集めて「教授(プロフェッサー)」の視線を受けとめる。そして、決定的なひと言を投げつけた。 「ぼくは同性愛者(ホモセクシャル)です。それも多分、生まれついての」  部屋の温度が確実に数度、下がった。  冷ややかな空気の中で、クリアウォーターは待った。  帰路の道中、あらゆる角度から分析し、勝算は十分にあると踏んででた賭けだ。  グラン教授は、手元にある電話機にちらりと目を向けた。その気になれば、ここからしかるべき所に通報することができる。イギリスにおいて、同性愛行為は盗みと同じで、犯罪と法律で規定されている。通報されればそこまでだ。  クリアウォーターは投獄されるか、よくて国外追放となるだろう。  電話を見つめ、それからグランは机の上に積み上がった「収穫」に目をやる。  そして最後に、自分の教え子に視線を戻した。 「ーーターゲットと文通をする必要はない。次の休みには、当局が新しい任務を君に与えるだろう」  そのひと言で、クリアウォーターは自分が賭けに勝ったことを知った。 「――試験合格だ。おめでとう、ダニエル・クリアウォーター君」

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