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第七章(⑦)

 休みが明け、クリアウォーターは最終学年に上がった。  その最初の学期。赤毛のアメリカ人学生が同性愛者であるという噂が、地下水脈を流れる水のように学生たちの間に広がった。最初、聞き流していた友人たちも、クリアウォーターが否定しなかったことで、いつしか水が引くように、その周りから離れていった。  遠巻きの嫌悪の眼差しを、クリアウォーターは黙然と受け入れた。  醜聞(しゅうぶん)を流したのは、ほかならぬ彼自身だった。  友人たちの態度の変化を、クリアウォーターはつぶさに観察した。  それはいわば、社会に出た時の予行演習のようなものだった。 ーー果たして、世間は自分のような異端者をどのように見るのか?  結論から言えば、たいていの人間は思った通り、嫌悪感を持ったようだ。だが、目に見える形で行動を起こした人間は、予想していたよりずっと少なかった。  いちばん典型的な反応は、クリアウォーターの同類と見られることへの恐れから、昔よりよそよそしくぎこちない態度で接するというものだ。  そして意外だったのはーー今までまったく知らなかった、同じ性癖の持ち主たちが密かにクリアウォーターに近づいてきたことだ。しかも一人ではなく複数。長続きこそしなかったが、その内の一人と、クリアウォーターは初めて恋人と呼べるだけの精神的、肉体的なつながりを築くことができたのである。  その一年後、大学を卒業したクリアウォーターは、グラン教授の推薦で正式にイギリスの某諜報機関に「就職」した。クリアウォーターの性癖を知った同輩たちの中には、冷たい態度をとったり、()きだしの敵意を向ける者もいた。だが、クリアウォーターは少なくとも表面上、意に介さなかった。  与えられた仕事を黙々とこなし、確実に成果を上げていくーー実績を重ねるごとに、周囲の嫌悪と軽蔑に、わずかずつだが畏れが混じりはじめた。  「赤毛のオカマ」と陰で揶揄(やゆ)されていた青年は、やがて嫌悪と軽蔑に畏怖(いふ)を込めて、こう呼ばれるようになった。  「赤毛の悪魔」ーーと。  三年後、様々な事情が重なり、クリアウォーターは諜報機関を辞してイギリスを去る。  久方ぶりに戻った母国で、クリアウォーターは時をおかずに、陸軍の情報将校として働きはじめる。旧き大陸(ヨーロッパ)と異なり、アメリカには当時、まっとうな諜報機関も海外における情報網も存在しないに等しい状態だった。二十代後半という若さながら、クリアウォーターの中で培われた知識と経験は、十分に希少価値のあるものだった。  日本との開戦を迎える頃、周囲から向けられる嫌悪と畏れの割合は、すでに逆転していた。 ――ある分野において特異な才能を示す人間は、異端な点すら畏怖の対象になり得る。  クリアウォーターは身をもって、そのことを学んだのである。

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