97 / 264

第七章(⑨)

 ヤコブソンを見舞った日のことである。  一行が病室から出たあと、廊下の一角でサンダース中尉がクリアウォーターに言った。 「襲撃者が捕まるまでの間、あなたには護衛が必要です」  サンダースの意見に、カトウは全面的に賛成だった。  護衛するにしても、拳銃だけでは火力不足。できることならば、クリアウォーターを守る者たちには、ガーランド銃かトミー・ガンを、手りゅう弾とともに携えて欲しいーーそう考えて、再び神経過敏になっている自分に気づく。病院に来るまでの道中、人ごみに昨日の襲撃者たちがまぎれこんではいやしないか、常に探していたくらいだ。しかし、今回に限ってはいくら心配しても、しすぎるということはないだろう。  クリアウォーターに何かあってからでは、遅いのである。  ところが護衛されるはずの当の本人が、これに難色を示した。 「四六時中、周りに人がうろついていては落ち着けないよ――大丈夫、いざという時、自分の身くらい自分で守れるさ」  それだけ言うと、この話は終わりだとばかりに、フェルミと並んでさっさと階段を下りて行った。  残されたサンダースは、珍しく語気を荒げる。 「まったく! 妙な所で、頑固で融通(ゆうずう)がきかない人なんだから!」  カトウも苦い顔になる。その顔が、ふと考え込む表情に変わった。 「中尉。少佐の護衛ですが、U機関(ユニット・ユー)の人間が交代で務めるというのは、どうでしょうか?」 「……悪くない提案だ」  そう言いながらも、サンダースはカトウの案を却下せざるを得ないと思った。  そもそもU機関には、実戦方面で頼りにできる者が少ない。まずフェルミ伍長は論外である。ヤコブソン軍曹も、しばらく入院生活を送らねばならぬ身だ。ニイガタ少尉は豊富な前線勤務の経験を持つが、あくまでも語学兵としてだ。経歴から言えば、アイダ准尉がもっとも適任者だろうが、戦傷で右足に不自由を抱える身であり、しかも右腕脱臼が回復するのに、しばらく時間が必要だ。ササキ軍曹は陸軍日本語学校を卒業した後、ずっと後方基地のハワイに配属されていたため、多分役には立つまい。  かくいうサンダース自身、前線勤務の経験はない。クリアウォーターの部下を務める四年の間に、実弾を撃つ機会が何度かあっただけだ。  それより根本的な問題はーーー昨夜、クリアウォーターがサンダースに匂わせた事柄だ。  サンダースもこの時には、上官と同じ結論にたどり着いていた 。 ――爆殺魔どもに情報を流した裏切り者が、U機関の内部にいる可能性がある。  そうであれば、クリアウォーターの護衛をうかつに選ぶことはできない。運が悪ければ、狼の前にウサギを放り出すのに等しい行為であるーー守られる対象が、どれほど好戦的なウサギであるにせよ。  サンダースはため息をつき、傍らに立つ日系二世(ニセイ)の青年を見下ろした。  クリアウォーターが、この無口でどちらかといえば陰気な小男の、一体どこを気に入ったのか、いまだによく分からない。ただ一つだけ、はっきりしていることがある。  どう考えても割に合わぬ役目を、この気の毒な男に押しつけねばならない、ということだった。 「――護衛は二人交替で行おう。一人は私だ。そして、もう一人は……」  サンダースがそこまで言った時、カトウの表情が急変する。逃げ腰になる青年を押しとどめ、サンダースは無慈悲さを装って告げた。 「悪いが、カトウ軍曹ーーこれも仕事だ」

ともだちにシェアしよう!