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第七章(⑩)

 クリアウォーターは自家用車を所有していないため、普段は運動がてら徒歩でU機関(ユニット・ユー)の建物まで通っている。しかし現状で、さすがに徒歩というわけにはいかず、送迎には昨日、支給されたばかりのウィリス・ジープが用いられた。運転するのは、邸の警護に当たっていた陸軍兵士の一人である。   歩いて十五分の距離は、車なら五分とかからない。サンダースとの協議の末、朝はカトウが、そして夜はサンダースが、それぞれ護衛をするということで、クリアウォーターは妥協した。この二人であれば、いざという時に足手まといにはなるまい。  何より、毎朝カトウと過ごす時間が持てるという点が、密かに気に入った。   たとえ、それが五分という短い時間であり、カトウが親密さのカケラも見せてくれないとしても。 「君の宿舎から、私の家までどれくらいなんだい?」  助手席のクリアウォーターが、後部座席のカトウを振り返る。 「半時間くらいです」  カトウはガーランド銃を手に、周囲を油断なく警戒している。つまり、クリアウォーターの方をちらりとも見なかった。仕事熱心でなによりと言うべきか。  昨日は忙しすぎて、結局カトウとろくに話ができなかった。    当然、あの夜に二人の間にあった出来事のことも。  きちんと話をするべきだと、頭では分かっている。しかし、同時にクリアウォーターは彼らしくもなく、ためらっていた。躊躇(ちゅうちょ)が、恐れに発するものであることを半ば自覚している。  日曜日にしたキスのように、またなかったことにされるのではないかと。  二日ぶりに戻って来た仕事場の前で、ジープから降りたクリアウォーターはしばし(たたず)んだ。  なつかしいはずの洋館は、太陽の下で奇妙な形の影をまとい、どこか魔窟(まくつ)めいて見えた。  十時近くになって、クリアウォーターは出勤してきた全員を一階の応接室に集めた。  といっても、三日前の「全員」からニッカーとヤコブソンの二人が欠けている。一方、まだ休養期間にあるはずのアイダは、無理をして出勤してきていた。アイダは肩を吊っているが、それでもクリアウォーターの姿を認めると、他の同僚たちとともに無事な方の手で敬礼した。  クリアウォーターはホールに集まった一同の顔を、ひとりひとりしっかり見つめる。  それから、おもむろに口を開いた。 「――みんな、すでに事件のことは聞きおよんでいると思う。一昨日、鎌倉に向かう途上で、私とニッカー軍曹、カトウ軍曹、ヤコブソン軍曹の乗ったジープが正体不明の敵の襲撃を受けた。そしてニッカー軍曹が殉職し、ヤコブソン軍曹も怪我を負って入院した」  クリアウォーターはそこで三秒ほど沈黙する。 「――今回の襲撃事件について、対敵諜報部隊(CIC)に捜査を一任すると、決定が下った。そして、捜査責任者であるセルゲイ・ソコワスキー少佐に問い合わせたが、我々の助力は不要とのことだった」  それを聞いた六人の男たちの間に、さまざまな表情がよぎった。  失望、非難を込めた怒り、困惑――クリアウォーターは毛筋一本の不自然さも見逃すまいとする。しかしどの顔にも、すぐに見破られるようなうそを見つけることはできなかった。  クリアウォーターは反応が落ち着いたところで、再び口を開いた。 「だが、彼らとしても、我々が独自に捜査を行うことには反対はしなかった――こちら側が全面的に情報を提供するという条件でね」 ーーーーーーーー  約一時間前。  クリアウォーターが執務室の椅子に腰を下ろすと同時に、卓上の電話がなり出した。  かけてきたのは他でもない、対敵諜報部隊(CIC)のソコワスキー少佐であった。 「おとなしくしているか?」  捜査責任者の少佐の第一声がそれだった。電話口なのをいいことに、クリアウォーターは舌を出した。子供じみた、ささやかな意思表示。それでも、声音だけは完璧に制御してのけた。 「今のところはね」 「……どういう意味だ?」 「いやなに。君たちの捜査に、微力ながら貢献できればと思ってね」 「貴官の貢献など必要ない」 「調べなければいけないことは、それこそ無限にあるだろう? 逃亡中の襲撃者たちの追跡。現場に残された死体の身元特定。爆発物に使われた火薬の出所。エトセトラ、エトセトラ」 「………」 「だろう?」  クリアウォーターはにこやかに続けた。 「私はこれから、を調べる。分かった内容は、君に逐一報告する。逆に、君たちが調査しつかんだことを、こちらに教える義務はない。その条件でどうだい?」

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